2009年07月06日

織姫さまの涙雨

 明日、織姫と彦星は年に一度の逢瀬を楽しめるのかしら。逢えないと織姫は泣いちゃうんだよね…。

 「酒涙雨」と書いて”さいるいう”と読むそうだ。7月7日に降る雨のことで、逢えなかった織姫の悲しみの涙なんだとか。または、逢瀬のあとの惜別の涙という説も。”酒”は他の漢字の代用でしょうが、専門的なことはどなたかにおまかせしましょう。今更ながら、「涙雨(なみだあめ)」という言葉には、深い情緒がこもっていると思いましたよ。

 きょう7月6日に降った雨にも名前があります。「洗車雨(せんしゃう)」。これまた七夕にちなんだもので、翌日のデートに備えて、彦星が牛車を洗っているからなんだとか。鼻歌でも歌いながら磨いていたのかもしれませんね。そう考えると、うっとうしいとしか感じなかった雨が、リズムに乗って楽しそうに見えるから不思議なものです。

 明日は良い日になるかしら。お月さまがやさしく光ってる。おやすみなさい。
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2009年07月04日

ホメ方がわからない

 <どんな人間も結婚するときと死ぬときだけはホメられる権利がある>。土屋賢二先生の「ツチヤの口車」【週刊文春2009年7月9日号】にこうあった。結婚式の祝辞とお葬式の弔辞のことだ。まあ、たいていは褒めるだろうなあ。

 そしてこう続いている。<ふだんホメられることのないわたしにもその権利がある>。土屋先生はご自分のお葬式での弔辞を心配しているのだ。友人である三浦勇夫医師(81歳)にだけは弔辞を読まれたくないのだとか。つまり悪口を言われるに決まっているからである。まさかと思うけれど、この三浦医師、今までも一部から不謹慎と言われるような弔辞を読んできたそうだ。

 祝辞も同様で、後輩から送られた結婚披露宴の招待状には、わざわざ「スピーチはいりません」と書かれていた。これはよほどのことだ。ところが、それにもかかわらず三浦氏は式の途中で自ら手を挙げて長々とスピーチしたそうだ。


「ホメてたんですか」
「いや〜、ホメたことはなかったなぁ。どう言えばホメたことになるのかわからないんだ」
「その歳でホメ方がわからないんですか? じゃあ何を話したんですか」
「結局、悪口というか、あんたが話すのと同じようなことを話していたよ」
「それはヒドい!」


 それはヒドい、…って、土屋先生もご自分のことわかってらっしゃる。ふふふ。

 自分の葬式の弔辞のことなんか、考えたこともなかったなあ。みなさんはどうかしら。わたしは、褒め言葉はいらない。誰かが心で何かを想ってくれたらそれでいい。
のり at 22:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 土屋賢二

2009年06月28日

靴の中の小石

 マスコミで報じられている限りでは、清原が巨人に入団したころには、桑田とすっかり和解しているようだった。わたしにはとても納得できないことで、どういう過程でそうなったのか、ずっと不思議で不思議でならなかった。

 実は、やはり清原の心はすっかり晴れていたわけではなかった。【週刊文春2009年7月2日号】の対談コーナー「阿川佐和子のこの人に会いたい」で、「僕は桑田に指名されることを知ってたのかどうか訊けないし…」と語っているのだ。またこうも―。


清原 ほんとにデリケートな問題ですからお互いに墓場まで持って行くことかなと思っているんですけどね。ただもし知っていたんなら、言えなかったでしょうけども、言ってほしかったし。知らなかったら知らなかったで……ま、桑田は何も言いませんから……そこはもう僕はもうーん、ちょっと思うところはありますね。今、どうして早稲田なのかなとも思いますし。


 なんだ、当人同士でも解決していないじゃないか。それにこういう問題も。

清原 桑田の一件で、僕たちのPL学園の後輩の野球部員は早稲田大学どころか六大学にも入れなくなってるんです。あのときまでは引っ張りだこで、PLに入ること=いい大学に行けて、いいとこに就職できることだったのにそのラインが消えてしまった。


 そうそう、その話はわたしも当時耳にしました。


清原 僕であれば結果的に後輩たちの進路を断ってしまった責任を感じますから、なぜ桑田が早稲田に入ったのかなって疑問は残るんです。ホントに勉強したいんであれば、あえて早稲田選ばずに違う大学でもよかったんじゃないのかなっていう気はしますね。

阿川 やっぱり小石は取れないんだ。


 取れないよね。

 蛇足だけど、清原本人は「僕は」って言っているのに、スポーツ紙などは「ワシは」って書きたがっていたことを思い出した。

2009年06月26日

相性の良い県?

 改めて自分の友人知人の出身地を見ると、関東以西がほとんど。まあ、たまたまなんでしょうが、ちょっと不思議な現象です。

 椎名誠さんが「風まかせ赤マント」【週刊文春2009年7月2日号】で、「県別相性問題」と題して自分と相性の良い県や悪い県を書いていた。極めて個人的な文章なのに、なかなか興味深かったので、中からいくつか挙げてみます。

・ 北海道はやっぱりでっかい田舎で、みんなヒトがいい。それが最大の魅力だ。海のヒトも山のヒトもいい。

・ こっちが粗野な風土にさらされて生きてきたから、東北の女性の色白うりざね顔にたちまちまいる。それがどうして粗野と関係あるかというとあまりなかった。単に東北の女性にあこがれているだけだった。

・ 新潟、福島は男気がいい。行くとずっとつきあうことになる男が沢山いる。

・ 名古屋がよくわからない土地で、個人的にはあそこのなりふりかまわない「みーんなわしらの勝手だもんね」ぶりは好きだ。

・ 京都は相性が悪い。これははっきりしている、行くとろくなことがない。

 ……と、こんな調子で北から南へ。

 単純に県ごとに性格を決めつけるのは強引だけど、歴史と気候風土がそこで生まれ育った人たちの性格に影響するとしたら、「○○県民は辛抱強い(傾向がある)」「××県の女性は気が強い(傾向がある)」といった程度の特色はあるかもしれない。日本人は勤勉で清潔好きだという程度にはね。例外もいっぱいいるけど、外国から見るとそう見えるんだから。

 県別の相性といえば、「県民性相性診断」というサイトがあったのでのぞいてみた。恋愛の地域別相性というものがあるんだろうか。

 まず”埼玉女性は、今風で目立ちたがり屋。一度しかない人生を楽しむ享楽派”という説明には、それは無いわ、と言いながらも、いくつかの県で診断してみましたよ。ムヒヒ。あと、昔お似合いのカップルと言われた”東男と京女”はどうかと東京(男)と京都(女)という組み合わせで試してみたら、最悪でした。最高がハートマーク6個のところ1個だけ。う〜ん。

 と、ひとしきり遊んでふと気がついた。椎名誠さんは、別に男女の相性のことを言ってたんじゃなかったよ。失礼しやした。
のり at 21:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑誌

2009年06月25日

キミは長嶋を見たか

 わたしは見た。巨人の黄金時代、ONの活躍をリアルタイムで見られた。それが、この世代に生まれて幸せだったと思う理由のひとつでもある。ただ唯一残念なのは、プロ野球初の天覧試合を知らないこと。もちょっと早く生まれて、見たかったなあ。

 読売新聞(WEB)のコラム「編集手帳」を読んで、また悔しくなってきた。ちょうど50年前の今日だったのね。


 その日、球場職員が朝から総出で廊下をぴかぴかに磨き上げた。午後、宮内庁の下見があり、「磨きすぎだ」という。滑って危ない、と。

 困った球場側は投手用のロージンバッグを大量に破り、粉を廊下に撒(ま)いたという挿話が残っている。プロ野球で初の天覧試合、巨人―阪神戦が後楽園球場で行われたのは50年前、1959年(昭和34年)の今夜である。

 作家の今日出海(こんひでみ)さんが観戦記に綴(つづ)ったように、〈作家がいて筋書きを書いたよう〉な試合は、九回裏、長嶋茂雄選手が村山実投手からサヨナラ本塁打を放って巨人が劇的な勝利を収めた。

 その年の4月にはいまの天皇、皇后両陛下のご成婚を祝い、5月には東京五輪開催決定の朗報を聞き、6月には平和の象徴でもある白球を追って列島が酔う。「磨きすぎ」のこぼれ話にも、浮き立つ世情がしのばれる。

 長男の真司さん(46)によれば村山投手はその夜、宿舎に帰って恩賜のたばこを1本吸い、無念を紫煙にまぎらせた。生まれて初めて口にするたばこであったという。長嶋の華麗、村山の悲壮――筋書きのみならず、野球の神様は配役も見事というほかはない。

(2009年6月25日01時35分 読売新聞)


 選手、監督、スタッフ、いや、観客たちも緊張していたと聞く。その緊迫した雰囲気は、映像だけでは伝わってこないし、今の時代の感覚からは理解しずらい。なによりも試合の流れを知ってしまってから見るのと、ドキドキハラハラしながら見るのとでは雲泥の差がある。その瞬間、その瞬間が大切なのだ。

 昭和49年、長嶋選手の現役最後の試合は日曜日の予定だったけれど、雨で中止となり、翌日の月曜日にダブルヘッダーで行われた。わたしは泣きながらテレビでミスターの姿を見守った。一生のうち、この日しかないんだもの、もちろん学校はさぼった。