わたしが新聞配達をしていた昭和三十七年〜四十一年の冬は、指先や耳に痛みを覚えた。防寒具などは皆無。首に巻いた手拭いで寒さの侵入を防ぎ、軍手を二枚重ねにして指先をあたためようとした。
が、木綿に暖や保温を求めても詮無いこと。
そんな寒くて辛い配達のなかで、山本さんは温かくて感動的な体験をしている。12月25日の午前5時半ごろ、ある家の郵便受けに朝刊を入れたときのこと。
「ちょっと待って」
玄関ドアから出てこられたのは、その家の奥方。夜明け直前の、冷え込みがきついときだ。しかし彼女は薄いセーター姿で、肩にショールを一枚かけているだけだった。
「毎朝、ごくろうさま」
彼女はクリスマスの贈り物を用意して、配達を待っていてくれたのだ。
東京銀座・松屋デパートの包装紙に包まれた小箱には、暗がりでもまばゆい赤いリボンが結ばれていた。
「風邪をひかないでね」
彼女がドアを閉めるまで、わたしは言葉を失って立ち尽くしていた。
山本少年にとって、まさに夢にも思わなかったクリスマスプレゼント。はやる気持ちを抑えて、配達を終らせ、手を洗ってからリボンをほどいたという。中身はハンカチだった。このクリスマスプレゼントは高校卒業までの四年間、毎年続いたそうだ。山本さんはそのご婦人の立場になって考える。新聞配達の時刻はほぼ一定であるけれど、必ず決まった時刻とは限らない。
クリスマス・プレゼントを用意してくれた奥方は、真冬の未明に、ドアの内側でじっと待っていてくれた。
しかも、ただ待っているわけではない。物音に気を払い、ゴトンッという音を聞くなり、すかさずドアから飛び出すのだ。
ギフトには、ロータリークラブのグリーティング・カードが添えられていた。
見返りを求めず、ただ配達員をねぎらうためのギフト。
あれこそ、『賢者の贈物』だったと思えてならない。
山本さんのこの想像力は、人を深く温かく理解しようとする力であり、人間模様を描くのに欠かせない観察力でもある。自分以外の人の立場で考えることは、想像力がなければできない。この奥様から目に見えるプレゼントをいただいただけでなく、その心をしっかりと受け止めている。贈る側が思いやりのある人であったばかりではなく、贈られた側がその心情を慮ることのできる人であったからこそ「賢者の贈物」となったのだろう。
