2008年01月27日

しゃれた四股名

 きょうは大相撲初場所の千秋楽ですね。横綱対決で盛り上がっているようですが、さてさて優勝は紅か白か、じゃなくて、青か白か。

 さて、昔の力士にこんな変わった四股名(しこな)があったとか。『オール読物』(2月号)の「ちょっといい話」(山川静夫)から引用したものですが、すぐにわかりますか?

(1)「子」 → えとがしら

(2)「一」 → かずはじめ

(3)「九」 → いちじく


 謎かけみたいですね。ふふふ。
のり at 11:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑誌

2008年01月26日

宝物か散財か

 根拠はないが、徹底したコレクターになるのは男性の方が多いのではないだろうか。鑑定番組などで何度となく見たのは、ご主人が骨董品などを収集しているのを奥さんが苦々しく思っているというケース。逆のケースは少ないように思うのだが、どんなものだろう。

 月刊誌『オール読物』(2月号)の「ああ、大散財!」というページに、辻村深月さん(作家)が映画のチラシを夢中で集めた話を書いている。

 一人暮らしをしていた学生時代、映画好きもあって映画のチラシを買い集めていた。一枚50〜200円程度のものだが、プレミアのついた数千円のものまで買うようになり、そのために費やした金額は数十万円にもなってしまった。しかし、充足感に満たされ、誇らしくもあり、楽しかったそうだ。

 それらを収めた宝物ファイルを持って実家に帰ったとき、映画好きの父親から長年集めた映画チラシのコレクションを見せられる。それらは娘の集めたものをほぼ網羅し、今では手に入らないものまでもあった。しかもお金で買ったものではなく、近所の映画館のスタンプマークが押されているものばかりだった。そもそも辻村さんの映画好きはお父様の影響だったのだ。そしてこう書かれている。


 つまり、私のコレクター気質もまた父譲りだった。映画チラシは五十音順に丁寧に棚に収められていた。ファイルでは場所を取ってしまって追いつかないのだ。私はそこに道を究める者の何たるかを見た思いがして、そして打ちひしがれた。到底かなわない、と思い知った。


 辻村さんの中で、「宝物」が「散財した結果」に変わった瞬間だった。私にもそのときの急に熱が冷めていく感覚がよくわかる。本物のコレクターを見ると、「かなわん…」と思う。自分はあそこまでできないと。何度かそんなことがあったような気がする。だから何も収集していない。それが一番安心なのだ。
のり at 21:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑誌

2008年01月20日

美男論

 『文藝春秋』(二月特別号)に「読者投票による 昭和の美男ベスト50」という特集があった。読者8077人の投票によるランキングは次の通り。

1. 長谷川一夫
2. 上原謙
3. 石原裕次郎
4. 市川雷蔵
5. 加山雄三
6. 白洲次郎
7. 高倉健
8. 三船敏郎
9. 佐田啓二
10. 長嶋茂雄

11. 鶴田浩二
12. 吉田茂
13. 石原慎太郎
14. 佐藤栄作
15. 大川橋蔵
16. 池辺良
17. 田宮二郎
18. 沢田研二
19. 王貞治
20. 高橋英樹

(以下略) 

 昭和といっても64年間もあったので、世代によっては顔が浮かばない人もいることでしょう(ちなみに木村拓哉は21位)。特集記事ではアンケート結果だけでなく、各界の著名人22人がそれぞれ美男を推薦している。たとえば久田恵さん(作家)は、次のような定義で鶴田浩二を美男としている。


「美女」は分かりやすいが、「美男」はどうもねえ。なにしろ、私の基準は、顔ではなく、背中のあたりに漂う哀愁とか、傾いた肩のさびしそうな角度とか、声の渋さ、暗さ、ちょっとすねた感じとか。なによりもかもしだす雰囲気にこそあるからだ。


 ほかにも美男の条件として、「顔の造作を言うのではない」として、滲み出る雰囲気、表情、身のこなしなどを挙げる人が多かった。

 今は芸能人がそういったイメージを保ちづらい時代になりました。ニヒルな役をやってもバラエティ番組に出てしまったり、素顔を暴露されてしまったり…。むしろ三枚目的な要素を持っている人や個性的な人が魅力的だと見られ、「美男」は時代によって変わってきている。

 まあ、それはそれでいいんじゃないだろうか。そう思うのは、私が憂いのある二枚目に興味が無いからか。ただし、最近の「イケメン」という言葉は好きになれない。
のり at 21:56 | Comment(4) | TrackBack(0) | 雑誌

2008年01月14日

江戸人だった杉浦日向子さん

 漫画家であり江戸風俗研究家であった杉浦日向子さんは、NHK『コメディー お江戸でござる』の解説をほんとうに楽しそうになさっていた。私には、日向子さんが江戸時代からタイムスリップしてきたのではないかと思えてならなかった。江戸庶民のたくましく生き生きとした生活をみなさんに知らせるために……。

 『文藝春秋』(二月特別号)の特集「ドキュメント 見事な死 ―― 阿久悠から黒澤明なで著名人52人の最期」に、杉浦さんの名前も並んでいた。実兄のカメラマン鈴木雅也氏が語っている。とても仲の良かった兄妹だったことが伝わってきた。

 日向子さんはふだんからあの笑顔のままの方だったらしい。闘病中に書かれた文章についても、お兄様はこう見ている。
 

 人間は病の容れ物。何かしら病があるのが当たり前で、それと引き換えに生きている――。生老病死を春夏秋冬のように受け入れていた江戸人の死生観に、自分を重ねるような文章が目立ちました。


 肩の力が抜けるような死生観だなあ。でも、実際に病を得てしまったとき、人はどこまでそれを受け入れられるものだろうか。日向子さんは、生きることを最後まで楽しもうとしていた。すごい人。

 病室での様子も語られてる。


 最後の頃は筆談もできず、手で指し示して意志を伝えていましたが、本来の明るさを失わず、刹那を楽しむ流儀も忘れませんでした。

 永眠する五日前の早朝、つけっぱなしにしていた病室のテレビで落語が始まると、急に「見たい」と合図をよこしたんです。ベッドを起こすと、途中でウトウトしながらも最後まで見て、満足気な顔でまた眠りについて。

 ”お江戸の先生”と観る最後の演目が、江戸前じゃなくて上方落語になるとは思わなかったけれど、朝五時半の『蜘蛛駕籠(くもかご)』は、忘れられない一席になりました。


 杉浦日向子さんは、やっぱり江戸時代に戻って行ったんじゃないかな、駕籠に乗って……。早過ぎたけど。
のり at 15:35 | Comment(0) | TrackBack(1) | 雑誌

2008年01月12日

Podcastで落語を

 Podcastという仕組みを利用して、無料で落語なんかが聴けると教えてもらったので、さっそく試してみた。こんな楽しみ方があったのかぁ。面白い。

 ところで、堀井憲一郎さんによると、落語にはもともと決まったタイトルがなかったそうだ。少なくともお客さまにたいしてタイトルを知らせることはなく、適当に名づけて呼んでいたとか。

 落語好きな堀井さんは、ここ四年間、1195の落語会で、5200ほどの落語を聞いたそうだ(「ホリイのずんずん調査」【週刊文春2008年1月17日号】)。聞いた回数の多い順にタイトルを100ほど表にしている。ベストテンはこれ。

 1. 子ほめ
 2. 時そば
 3. たらちね
 4. 初天神
 5. 金明竹
 6. 替り目
 7. 真田小僧
 8. つぼ算
 9. 天失気
10.  道灌


 堀井さんのように生で聞く楽しさを味わいたいが、なかなかそうもいかないのが現実だ。昔、新宿末広亭で聞いて以来、生の落語には接していない。

 そうなると、やはりCDやPodcastなどを利用して、自分の時間に好きなものを選んで聞ける時代になってありがたいなあと思う。 
のり at 21:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 堀井憲一郎

2008年01月11日

「野球文学」というジャンル

 たとえば、好きな芸能人がいたり、好きな芸術家がいたり、好きな音楽がある人は、そのことを誰かに語りたくなるだろう。あるいは書きたくなるだろう。あなたは何を語りたいですか?

 李啓充さんの「大リーグファン養成コラム」【週刊文春】を読んでいると、いつも野球、特にアメリカのメジャーリーグへの愛情が、温かさとともに伝わってきた。

「ほら、こんな裏話があるんですよ。素敵な選手でしょう? 素敵なスポーツでしょう? こんな人生ドラマがあるんですよ。野球と社会がこんなに深くかかわっているんですよ。ファンもこんなにユニークなんですよ」………まだまだ書ききれないほどのメッセージが胸に投げ込まれてきた。野球好きなのに、近年日本のプロ野球に対して急速に興味を失った私にとって、とても楽しいコラムだったのだ。

 そんな「大リーグファン養成コラム」が昨年の年末号で最終回を迎えてしまった。李さんによれば、野球レベルの日米差が縮まりつつあるのと対照的に、野球ライティングにおいてはまったく縮まる気配がないという。

 かの国には、文学の中に明確に「野球文学」というジャンルすらあるそうだ。野球以外の分野で活躍する著名人が野球の名著を著す例が跡を絶たないと聞くだけでも、野球が文化の一部となっていることがうかがえる。


 学者としても専門知識を駆使、野球というスポーツを「知的遊戯」の対象としたのが、イエール大学学長を務めたバート・ジアマッティだ。専門は、古典/比較文学だったが、ボール「パーク」の語源はパラダイスと同じとか、野球というゲームの「苦難を克服してホームに帰還する」という目的はギリシャ神話のオデッセイに通じるし、それが証拠に作者の名は「ホーマー」だとか、野球ファンを大いに楽しませた。

 
 そういうの好きだなあ。ただ私は、日本には野球マンガがある、と言いたい気もする。知らない人から見ると、野球は単純で間延びしたスポーツだと思う。たとえば、投手と打者との心理的、技術的かけひきなど、目に見えない部分を教えてくれたのが「巨人の星」などの野球マンガだった。少なくとも、私が野球ファンになったきっかけを与えてくれた。

 さて、話を戻して、また李さんの文章を引用させていただく。

 実は、ハーバードの研究者だった私が野球を題材として物を書くようになったきっかけも、「アメリカの知識人もすなる野球ライティングといふものを、自分もしてみむ」と、浅はかにも思い立ったことにあった。ジアマッティの域に及ぶことは到底かなわないと承知しつつも、
「知的遊戯」としての野球コラムを書くことを目指して6年間頑張ってきたが、このコラムも今回が最終回である。ご愛読いただいた読者には心から感謝したい。


 う〜ん、残念です(週刊文春で読みたいエッセイがどんどん減っていくので、購読をやめるかも……)。

 それでも「大リーグファン養成コラム」は、まさにそのタイトル通り、日本に多くの大リーグファンを生み出したと思う。若かりし頃、野球を題材として何か書きたいと夢見たことを思い出したりもした。

 李啓充さんお疲れさまでした。レッドソックスファンではないけれど、李さんの著書『怪物と赤い靴下』(扶桑社)を読んでみるつもりです。ある書評によれば、特に「レッドソックスとジミー基金」が秀逸だと。

 拙ブログでも紹介したことありましたね。
http://rabbit050314.seesaa.net/article/23058589.html
のり at 23:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 李啓充