2008年07月29日

白雨

 窓からひんやりとした風がゆるやかに流れ込んでくる。どこかそう遠くないところで夕立ちが降ったのかもしれない。

 本日付けの読売新聞(WEB版)のコラム「編集手帳」にこんな一節があった。


 夕立には「白雨(はくう)」という美しい異称がある。涼しげな名は白い雨脚から付けられたという。〈木から木へこどものはしる白雨かな 飴山実(あめやまみのる)〉。急な雨に遊びを中断して走る子供たちの、はしゃぐ声が聞こえてきそうである


 「白雨」、…今まで知らなかった言葉なのに、文字面(もじづら)と読む音から感じることができる。懐かしいような、ちょっと幻想的な情景が。
のり at 20:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | ことば

2008年07月27日

紅葉葵

 ほったらかしにしていた庭に、ハイビスカスに似た大輪の赤い花を見つけました。例年にも増して雑草だらけの中、鮮やかに咲いた健気な姿を見たら、つい写真に撮ってしまいました。

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 丈は2m近くあって、花も直径15pくらいでしょうか。名前は確か……、葉っぱが紅葉(モミジ)に似ているから、モミジなんとかっていうんだったなあ、とそれを手がかりに検索したら、アオイ科の「モミジアオイ」だとわかりました。紅葉葵です。和名は漢字表記の方がわかりやすいですね。でもこの花のイメージは漢字では違う気がする。

 あれ? この写真だと葉っぱの形がよくわからないですか。他の草の葉っぱが混じっちゃってますね。では、こちら。

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 ひとつひとつの花は一日だけしか咲かないそうなので、この開きかけたつぼみは明日の順番待ちをしているのかもしれません。そうやって、夏の間中ずっと元気いっぱいな姿を見せてくれるのです。

 別名(漢名)は、紅蜀葵(こうしょくきorこうしょっき)。俳句ではこちらが使われているようです。英名はScarlet rose mallow。スカーレット…、私は、英名に軍配をあげます、こちらの方が似合っていると思います。スカーレット・ローズ・マロー。

 ちなみに花言葉は、「温和、穏やかさ、優しさ」だとか。

 う〜ん、これだけ書けば、来年は検索しなくても花の名前がすぐに浮かぶだろうなぁ、紅葉葵って…。なんでやねん。
のり at 12:07 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2008年07月17日

心のままに

 大宮エリーさんの「生きるコント」【週刊文春2008年7月24日号】。エリーさんが会社員だったある日、修行を積んだ行者に出会い、こんなことを言われたという。

「あなたね、自分の気持ちが一番大事なんですよ。神様はね、あなたの心の中にいるんです」

「心のままに生きれば、びっくりするぐらい幸せになれますよ」

 エリーさんは、社会で生きていくなかでそれは無理なことだと思ったが、アドバイスに従って修行を始めた。たとえば、蕎麦が食べたくなったら、何が何でも蕎麦を食べに行く。花が足りないと思ったら自分のデスクに毎日花を飾った。そして、ついに「会社、やーめよっと」という心の声が聞こえ、本当に会社を辞めた。

 心に耳を澄ますって、なかなかできないよ。でも小さなことから始めたら、私にも心の中にいる神様の声が聞こえてくるのかなぁ。

 そんなことを考えていたら、野茂投手の現役引退のニュースが流れてきた。歴史的な一勝目を目の前にして、ベンチで隣の選手が野茂の胸に手を添え、ドキドキだろう?というジェスチャーをしていたのを思い出す。

 野茂は、まさに自分の心の声に正直に生き、貫いた人だ。幸せな現役生活だったに違いない。

 きょう、生きるヒントをもらったような気がしている。
のり at 22:44 | Comment(2) | TrackBack(0) | 大宮エリー

2008年07月13日

絶妙のネーミング

 北京五輪とあれば、北京オリンピックのことだと誰でもわかる。五輪がオリンピックを表していることはあまりに当たり前のことで、何の疑問も持っていなかった。

 いや〜、”五輪”表記は新聞記者さんが考えたんですね。本日7月13日付けの読売新聞(WEB)のコラム「編集手帳」を読んで、名付けた経過を知りました。


 オリンピックを「五輪」と表記しようと考えたのは、戦前のベルリン大会当時、読売新聞の運動部記者だった川本信正さんである。後にスポーツ評論家として活躍した川本さんが東京五輪に際して、いきさつを小紙に語っている。

 ベルリン大会が盛り上がり、「オリムピック」という言葉が紙面の随所に登場するが、新聞の記事や見出しには長い。何か略語はないかと悩んだ末に思い浮かんだのが宮本武蔵の「五輪の書」。

 五つの輪はシンボルマークそのものだし、ゴリンとオリンピックは語感も似ている、というわけで紙面で使い始めた。当初は「5厘と聞こえて安っぽい」などと言われたそうだが、ほどなく日本中に定着。

 絶妙のネーミングだけに、中国でも五輪と表記すると思っている人が意外に多いのではないか。残念ながらそうではなく、「奥林匹克運動会」略して「奥運会」と記す。何やら奥まった所、近づき難い所で開催されるような。

 名前のせいではないけれど、旅行社によれば、オリンピックがあるのに今夏の中国旅行の予約がなかなか伸びないとか。北京奥運会いや北京五輪まで1か月を切った。

(2008年7月13日01時44分 読売新聞)


 本当に絶妙のネーミング。「五輪の書」まで関係していたのも驚きだ。中国でも五輪と表記するのかどうかすら考えていなかった私にとって、目からウロコのコラムでした。それにしても「奥運会」って…。

2008年07月11日

ニヒャクジューッ?!

 先月末の夕方、ガソリンが少なくなってきたことに気づき、いつものガソリンスタンドに行ったものの、珍しくクルマがいっぱいで入る余地がないため、ちょっと他の用事を先に済ませた。

 帰りがけに寄ってみると、スタンドの人が「ちょうど良いところでしたよ。今日はさっきまですごく混んでいたんですから」とにこやかに語りかけてきた。

「いえ、さっき来たらいっぱいで入れなかったんですよぉ」
「あっ、そうでしたか、すみませんでした」
「でも、なぁんで今日こんなに混んでいるんですかぁ〜?」
「明日からガソリン代が上がりますからね」
「そ、そうだったんですかぁ」……知らんかった。

 ぼんやりしていたのは私だけではないようで、ガソリン代にまつわるこんな笑えるお話もあります、渡辺敏史さんの「カーなべ」【週刊文春2008年7月17日号】。ええええ、当人でないから笑えるんですよ。ご紹介しましょう、本当は深刻なお話を。


「ハイオク満タンと洗車、現金でお願します」

 その日は一気に500q走ったこともあり、疲れて判断力も鈍っていたのかもしれない。ガソリンスタンドで、深く考えることもなくそう伝えてトイレで用を足した後、暇つぶしに待合室でトボけたことばかり書き連ねられた40代向け女性ファッション誌をダラダラとめくっていた。

「お客様、2万1094円になります」

 ……2万ってそれ、もしかしてアタイのこと?

「ええ、これ詳細です。お客さんのおクルマ、四駆だから洗車代がちょっと高いんですけど」

 えーと、洗車代が3150円か。高いよ確かに。

 で、ハイオク85Lも入っちゃったのか……って、@210円ってなに?

 ……ニヒャクジューッ?!

 思わぬ3の倍数にナベアツばりのアホな驚きを隠せない僕、そしてニンマリするスタンドのお兄ちゃん。


 あはは、ほんとに3の倍数だぁ。
のり at 21:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 渡辺敏史

2008年07月06日

バッグしかもってくれない

 週刊文春に連載されていている伊藤理佐さんのひとコマ漫画「おんなの窓」には、いつもクスッと笑わされる。でも7月10日号は、笑うというより「さすが、鋭〜い!」と感心させられてしまった。

 並んで歩いている若いカップルの後ろ姿を見て、理佐さんがつぶやいている。

『 ああ やっぱり
 
  女のバッグをもってあげる男って

  バッグしかもってくれなさそう…
 
  そーよ

  彼女の重い他のもの、

  大切なものは

  もってくれないのよーー (ひとり言) 』


 絵をよくみると、男性が女性のバッグを左肩にかけ、右手を彼女の肩にまわし、何か話しかけている模様。

 ほんとだ、この彼、確かに大切なものからは逃げてしまいそう。

 なぜそう思うのか、自分でも説明できないけど、そう納得できてしまうのだから仕方ない。

 とにかく、名言だわぁ。

 

2008年07月05日

ブッシュ大統領へ

 私もひとのことは言えないのだけれど、アメリカのブッシュ大統領はひとの名前を覚えるのが苦手らしい。読売新聞(WEB版)の「編集手帳」(7月5日付け)に、そう書いてある。

 会見中、福田首相の名前が出てこなかったり、過去にも重要人物の名前を間違えたりしたことがあったそうだ。

 一方、映画監督の山本嘉次郎の、エキストラの役者さんひとりひとりをも名前で呼んだというエピソードも紹介している。

 そういえば、元総理の田中角栄は一度でも会った人の名前を覚えていて、それも人々が惹きつけられる要因だったという話を思い出した。自分の名前を覚えていてくれた、というだけで、ひとは感激する。地元の人々であれ、官僚であれ、それは同じことだっただろう。

 話が脇道にそれました。
編集手帳さんは、ブッシュ大統領に向かってこう結んでいるのだ。


 誰にも苦手はあるから映画監督の記憶力は望まないが、忘れてほしくない名前がひとつある。母親の切ない訴えを聴いて、目を潤ませた日のことは大統領も覚えておいでだろう。「メグミ」という。


 忘れたとは言わせない。

2008年07月02日

本を読んでいる人

 パソコンやケータイ画面の文字はどことなく頼りなく、長文を読むとしたら紙に書かれたり印刷されたものでないと落ち着かなのは歳のせいかな。そんなことをよく同世代と話す。私たちにしてみると、保存という意味でも、デジタルのものよりも紙の方が安心なのだ。

 浅草キッドの水道橋博士は紙問屋の息子だそうだ。「紙と私」(日本製紙連合会のPRページ)【週刊文春2008年7月3日号】に、紙への愛着を


 僕が、芸人のかたわら、本を書くのも、紙が、時代を経ても残っていくという感覚に惹かれるからです。


と語っている。

 水道橋博士ってこういう感性の持ち主だったのか、と見る目が変わったのが次の文章。


 紙に向かうといえば……昨年、亡くなった親父が社交下手で、読書だけが唯一の趣味でした。その血なのか、僕自身は、本を読んでいる人の姿を見るのが好きです。紙面に時を奪われて、心、此処にあらず、現実からぶっとんでいく。紙の中で繰り広げられる、総天然色の物語の中に入りこんでしまっている人だけが発する気、その瞬間のオーラが好きなんです。


 オーラかあ…。林真理子さんのだったかなあ、正確な言葉は忘れたけど、「一人でいても孤独に見えないのは読書をしている人だ」という意味の文章を読んで、なるほどと感心したことがある。その理由が、今わかった気がした。