2006年09月25日

落語家チームの珍プレー

 今はたぶん無いと思いますが、昔、落語家の野球チームがあったそうです。イメージだけで言えば、あまり上手な人は居そうにないけれど、やはり実際そのようで、『高座奇人伝』(小島貞二/著 立風書房 昭和54年)にある珍プレーの数々は、いかにも落語家らしく、出来すぎとも思えるほどでした。

 昭和3年に柳屋金語楼が結成した「ダイナマイト・チーム」は、
「初試合をぜひ勝利で飾ろう」と、相手に小学生チームをえらんで七十対〇。これも残念ながら相手が強すぎたのである。

 負けたんかい!

 昭和5年、八代目桂文冶が「桂文冶チーム」を作り、初戦相手は漫画家チームとだったが、初回に主戦投手の鈴々舎馬風が12点取られた。

 そこで応援団長の橘家円太郎(当時百円)が、球審にコップ酒を二杯ふるまって、少し手心を加えてもらったが、その涙ぐましい裏面作戦も空しく、結局二十対三で惜敗(?)した。馬風の出した四球が三十六個。あとで馬風、「どうだい、四球三十六というだろう」

 さすが、噺家! …って誉めていいのやら。

 七代目林家正蔵(林家三平の父)は太っていて、百メートルを走るのに1分半もかかるうえ、ひどい近眼だったが、なんと「語睦会チーム」の主力選手だった。戦時中の軍隊慰問で、傷痍軍人チームとの試合のとき、めったに打たないヒットを打ったため、嬉しさのあまり打球の飛んで行ったレフトへ走ってしまった。もちろんアウトになり、「一塁まであんなに遠いとは思わなかった」。外野守備のとき、鳥を球と見間違えて、鳥の方に走ってしまったりもした。

 また別のゲームで、試合中にセンターを守ってるはずの正蔵がいない。さがすと、外野席にいたお客さんから声をかけられ、すわりこんで、一ぱいごちそうになっていた。

 オーイ! 戻って来〜い! 

 以前堀井憲一郎さんが書いていた話に、こんなのがありました。あまり野球に詳しくないメンバーでチームを作ったとき、満塁なのに、なぜか二塁ランナーだけが、(だけが、デスヨ)盗塁をして、びっくりした三塁ランナーが飛び出してしまい、行き場を失ってアウトになったというのです。三塁ランナーの困った顔が目に浮んで大笑いしてしまいました。

 落語家チームの珍プレーは、審判を酒で惑わしたりと、堀井さんのチームとは違った意味で、あまりに大胆で、そんな野球を見てみたいと思いました。高度な技術や真剣勝負はプロ野球でしょうが、草野球には野球の楽しい原点があるような気がします。草野球、最近は身近であまり見られなくなりました。 
この記事へのコメント
 24日のコメントも私のコメントでした。朝青龍のファンだったらすみませんでした。相撲を毎日楽しみにしていました。終わって残念だと思いますが、論文も書かなければならないのです。
 また時々読ませていただきます。
 今日からは、日本人が言う通りの「ファイト」です。
Posted by behnam at 2006年09月26日 18:24

いえいえ、朝青龍ファンではありませんからご安心を。(^_^)
ベヘナムさんが相撲好きだとは知らなかったので、
不思議に思っただけでした。
それより何より、当分は他のことは忘れて、
論文に専念しなければなりませんね。
ファイト〜!




Posted by のん at 2006年09月26日 20:15
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