『文藝春秋』(二月特別号)の特集「ドキュメント 見事な死 ―― 阿久悠から黒澤明なで著名人52人の最期」に、杉浦さんの名前も並んでいた。実兄のカメラマン鈴木雅也氏が語っている。とても仲の良かった兄妹だったことが伝わってきた。
日向子さんはふだんからあの笑顔のままの方だったらしい。闘病中に書かれた文章についても、お兄様はこう見ている。
人間は病の容れ物。何かしら病があるのが当たり前で、それと引き換えに生きている――。生老病死を春夏秋冬のように受け入れていた江戸人の死生観に、自分を重ねるような文章が目立ちました。
肩の力が抜けるような死生観だなあ。でも、実際に病を得てしまったとき、人はどこまでそれを受け入れられるものだろうか。日向子さんは、生きることを最後まで楽しもうとしていた。すごい人。
病室での様子も語られてる。
最後の頃は筆談もできず、手で指し示して意志を伝えていましたが、本来の明るさを失わず、刹那を楽しむ流儀も忘れませんでした。
永眠する五日前の早朝、つけっぱなしにしていた病室のテレビで落語が始まると、急に「見たい」と合図をよこしたんです。ベッドを起こすと、途中でウトウトしながらも最後まで見て、満足気な顔でまた眠りについて。
”お江戸の先生”と観る最後の演目が、江戸前じゃなくて上方落語になるとは思わなかったけれど、朝五時半の『蜘蛛駕籠(くもかご)』は、忘れられない一席になりました。
杉浦日向子さんは、やっぱり江戸時代に戻って行ったんじゃないかな、駕籠に乗って……。早過ぎたけど。
