女優の沢村貞子さんの『わたしの脇役人生』(新潮文庫)に、「年賀状・心のふれあい」というエッセイがあり、年賀状だけの粋なお付き合いがあることも知った。
ある年、沢村さんのもとに、昔結婚して仕事をやめた古い女優仲間から、35年の空白を経て年賀状が届いた。沢村さんは、彼女の相手が実は相当な結婚詐欺師で、亡父が残した財産まで取られてしまったことを、風の便りに聞いていたので、「元気だったのね」と心から安堵する。以来賀状のやりとりが続く。会おうと思えばすぐにも会える距離に居るけれど、会わないほうが良いと思っている。
逢って抱きあって、それぞれの苦労話に涙を流したとしても、それでどうなるんだろうか――別々の四十年のすみずみまでわかりあえる筈もなく、話すほどしらけてきて……やがては折角つながった二人の間の細い糸が、プツンと切れてしまうかも知れない。知らないことは知らないまま、一年に一度のたよりの中で、ソッといたわりあっている方が……いいような気がする。
お正月は生きていくうえでの大切な折り目だったとも言う。人と人とのつきあいで生まれるわだかまりをも水に流すキッカケになったとか。
ちょっと改まった格好で、当の相手の家の高い敷居をパッとまたいで、
「エエ、あけましておめでとうございます――昨年中はまことにどうも、何ともおはずかしい次第で……」
と、頭をさげれば、向こうも、
「イヤイヤ、ま、あめでとう。こちらもまったく年甲斐もない。今年は一つ、お互いに仲良くやってゆきましょうや」
ということになる。もてあましたこだわりをとかすにも丁度いいとき――お正月をむやみに目出度がるのは……昔の人の生活の知恵のような気がする。
久しぶりに沢村さんの文章に接して、あの懐かしい声と歯切れの良い口調が耳に蘇ってきた。思わず背筋をすっと伸ばしてしまった。
