2007年08月25日

姓名判断では完璧な名だった

 「稀星」と書いて「きらら」と読ませる出生届けについて、再考を促した自治体があったというニュースがありましたね。その議論はさておき、親はたとえ名前で人生が決まると信じていなくても、子供の命名のときには少しでも「幸せな人生」にあやかる名前をといろいろ考えるのが情だと思います。そこで姓名判断の本などと首っぴきになる人もいるのでしょう。

 姓名判断と聞くと、私は(憧れの!)沢木耕太郎さんの『テロルの決算』(文藝春秋)を思い出します。昭和35年10月12日、社会党委員長の浅沼稲次郎が演説中に刺殺されるという大事件がありました。この本は、事件の周辺のみならず、犯人の生い立ちから獄中での自殺、そしてその後まで丹念に取材されています。

 その犯人は、まだ17歳の山口二矢という少年でした。名前、読めますか? 二矢と書いて「おとや」と読みます。2月22日生まれの二男坊だということから縁のある「二」を使い、父親が姓名判断をした上でつけた名前だったのです。『テロルの決算』では、こう書かれています。


 姓名判断では、完璧な名だった。しかし、後に日本易学連合会の席上で易学の大御所のひとりは、あれほどの名を持った少年が、なぜあのような運命を辿らなければならないのか、「姓名学では完全な名前の山口二矢が、なぜこのたびのような事件を起こしたかと考えると、姓名学はまだまだ研究の余地があると思います」と嘆かなければならなかった。


 私には姓名学うんぬんはわかりません。でも、運命ってあるのかもしれないと思えることがあります。

 偶然とはいえ、二矢が事件を起こしたのが12日で、自殺したのが2日と、最後まで「2」を引き摺りつづけていたと、沢木さんは書いています。

2006年10月03日

時間が語らせる

 昨日、柳田邦男/著『事実からの発想』(講談社文庫)の、ドミニク・ラピエールとの対談の一部を取り上げたところ、京都大学に留学中(論文が順調に書き始められたそうで良かったデス)のベヘナムさんからコメントをいただきました。

>面白いことに、時間がたつと、その戦争や衝突が歴史となり、事実が語られ、次の世代に伝わるのに、分厚い本が出版されます。

 この部分を読んだとき、ラピエールも対談で(書く側の立場から)同じような事を語っていたことを思い出しました。そこで、その言葉も紹介したくなり、コメント欄ではなく本文に書くことにした次第です。

 ……二十五年くらいの距離をおきますと、いろんなことがわかってきます。で、あらためて資料が公開されたり、あるいは関係者が語ったりしますと、一つ一つのことは断片的であっても、そういうものをたくさん集めて全体像というものを再構成してみると、歴史的な事件の姿というものが、従来知られていた以上にドラマチックであったり、あるいは違う姿を持っていたりすることがわかってくるんですね。

>現在も戦争が続いているところがあり、仕方がなく、これからも起こるだろうと思います。 人間の性質に正と不正があり、その定義も千差万別だからこそ、これからも、戦争も起こり続くでしょう。

 人間が存在する限り、地球上から戦争や衝突がなくなる日は来ないだろうと、私も思っています。

2006年10月02日

当事者でも知らないこと

 こんなブログを書いているくせに、読書好きというわけではなく、特に小説はほとんど読んでいない。ただ実際にあった出来事に関心があるので、エッセイやノンフィクションを読むことがある、といった程度。「本当はね、こうだったんだよ」と言われているような文章に出会うと、なぜか嬉しくて興奮してしまう性格なのだ。

 柳田邦男/著『事実からの発想』(講談社文庫)に、ドミニク・ラピエールとの対談が収録されている。ラピエールは、世界的ベストセラー『パリは燃えているか?』をラリー・コリンズと共同執筆したことでも有名な人物。その対談の中で、まさに「事実は小説より奇なり」という出来事がラピエールの口から語られていた。

 …たとえば『おおエルサレム!』というイスラエル建国の作品を書いた時ですが、一九四七年の十一月にこういうことがありました。イスラエル建国の指導者であるベングリオンの協力者が、誕生するばかりのイスラエルのために武器を買いに出かける。どこへいったかというと、テルアビブからチェコスロバキアのプラハに飛行機で出かけるんですね。

 ところがその時、たまたま同じ飛行機の二列後ろに、反イスラエルのアラブ側であるシリア政府の協力者が乗っていた。しかもプラハに着いてから、二人は同じホテルの一階違いの部屋に泊まっていた。そのシリア政府の協力者も、プラハに武器調達にいったんですね。そして二人は同じ武器工場にたった一時間違いで訪れて、同じ武器を注文していたという事実があった。ところが、このベングリオンの協力者もシリア政府の協力者も、お互いにそのことをまったく知らなかったわけです。

 私はその両者の取材をべつべつにしていくうちに、二人が乗った飛行機が同じであることを発見しました。TWA機で。二十五年後に私がボーディングリストを見て二人の名前を確認した時には、たいへん驚きました。二人が私の書いた本を読んだとしたら、きっと驚いたに違いないと思います。

 敵対する者同士が、同じ飛行機、同じホテルを利用しただけでなく、その旅の目的が相手を殺すための武器の購入にあったことが衝撃だった。そして、ここでラピエールがもっとも言いたかったことは、事件などの出来事の当事者は、必ずしもその全体像を知らないということだ。

 あまり好奇心旺盛ではない私が、なぜこういう文章に出会うと興奮するのか、自分でもよくわからないけれど、一部しか見えていなかったものの全体がパッと見えたようで、ワクワクと嬉しい。