2008年07月13日

絶妙のネーミング

 北京五輪とあれば、北京オリンピックのことだと誰でもわかる。五輪がオリンピックを表していることはあまりに当たり前のことで、何の疑問も持っていなかった。

 いや〜、”五輪”表記は新聞記者さんが考えたんですね。本日7月13日付けの読売新聞(WEB)のコラム「編集手帳」を読んで、名付けた経過を知りました。


 オリンピックを「五輪」と表記しようと考えたのは、戦前のベルリン大会当時、読売新聞の運動部記者だった川本信正さんである。後にスポーツ評論家として活躍した川本さんが東京五輪に際して、いきさつを小紙に語っている。

 ベルリン大会が盛り上がり、「オリムピック」という言葉が紙面の随所に登場するが、新聞の記事や見出しには長い。何か略語はないかと悩んだ末に思い浮かんだのが宮本武蔵の「五輪の書」。

 五つの輪はシンボルマークそのものだし、ゴリンとオリンピックは語感も似ている、というわけで紙面で使い始めた。当初は「5厘と聞こえて安っぽい」などと言われたそうだが、ほどなく日本中に定着。

 絶妙のネーミングだけに、中国でも五輪と表記すると思っている人が意外に多いのではないか。残念ながらそうではなく、「奥林匹克運動会」略して「奥運会」と記す。何やら奥まった所、近づき難い所で開催されるような。

 名前のせいではないけれど、旅行社によれば、オリンピックがあるのに今夏の中国旅行の予約がなかなか伸びないとか。北京奥運会いや北京五輪まで1か月を切った。

(2008年7月13日01時44分 読売新聞)


 本当に絶妙のネーミング。「五輪の書」まで関係していたのも驚きだ。中国でも五輪と表記するのかどうかすら考えていなかった私にとって、目からウロコのコラムでした。それにしても「奥運会」って…。

2008年07月05日

ブッシュ大統領へ

 私もひとのことは言えないのだけれど、アメリカのブッシュ大統領はひとの名前を覚えるのが苦手らしい。読売新聞(WEB版)の「編集手帳」(7月5日付け)に、そう書いてある。

 会見中、福田首相の名前が出てこなかったり、過去にも重要人物の名前を間違えたりしたことがあったそうだ。

 一方、映画監督の山本嘉次郎の、エキストラの役者さんひとりひとりをも名前で呼んだというエピソードも紹介している。

 そういえば、元総理の田中角栄は一度でも会った人の名前を覚えていて、それも人々が惹きつけられる要因だったという話を思い出した。自分の名前を覚えていてくれた、というだけで、ひとは感激する。地元の人々であれ、官僚であれ、それは同じことだっただろう。

 話が脇道にそれました。
編集手帳さんは、ブッシュ大統領に向かってこう結んでいるのだ。


 誰にも苦手はあるから映画監督の記憶力は望まないが、忘れてほしくない名前がひとつある。母親の切ない訴えを聴いて、目を潤ませた日のことは大統領も覚えておいでだろう。「メグミ」という。


 忘れたとは言わせない。

2008年06月08日

"guest"と"customer"

 読売新聞(WEB版)の「編集手帳」(6月8日)を読んで、いかにも日本人だなあ、と思った。
 

 <外国人客への警備態勢強化>。東京オリンピックを間近に控えた1964年当時の紙面をたぐっていたら、そんな見出しがあった。確かに体の大きい欧米の人など、酒が過ぎて羽目を外されたら大変だ。でもこれはちょっと外国からの観光客に失礼ではないか。

 …というのは勘違い。本文を読めば話は逆で、外国人を犯罪に遭わせてはならない、しっかり守ろう、という内容の閣僚発言を報じている。
 
 この種の記事がいくつもあって、例えば警視庁では“日本人みんなのお客さま”に対応するために、警官に英会話の訓練を受けさせたり、110番の受け手に通訳を用意したり、と涙ぐましい。


 このコラムを読んで、ある外国の方の言葉を思い出した(以前とりあげたことがあるかもしれません)。
 
「英語では"guest"と"customer"は区別するのに、日本では自宅に迎えるお客さまも、お店のお客さまも、同じ"お客さま"と言うのが素晴らしい」。

 私だけでなくほとんどの日本人が、両者を同じ言葉で言うことに何の疑問も持っていない。だからこそ(なのかどうか)、どちらのお客さまも「もてなしの心」で接するのが当然だと思っている。

 でも時代は変わり、世界情勢も、日本人も変わっていく。“日本人みんなのお客さま”という考え方は、どんどん昔話になってしまうのだろうか。



★ブログパーツ「あ〜いい漢字」を貼り付けました。

ちょっとスランプ気味で、なかなか更新ができません。
時々のぞきに来てくださる皆様、無駄足踏ませて申し訳ありませんです。

もしよろしかったら、そんなときは左の漢字クイズで遊んでいってください。
一度に10問まで答えられます。

2008年06月01日

人間の力を超えた何か


 読売新聞社が17、18日に実施した年間連続調査「日本人」で、何かの宗教を信じている人は26%にとどまり、信じていない人が72%に上ることがわかった。

 ただ、宗派などを特定しない幅広い意識としての宗教心について聞いたところ、「日本人は宗教心が薄い」と思う人が45%、薄いとは思わない人が49%と見方が大きく割れた。

 また、先祖を敬う気持ちを持っている人は94%に達し、「自然の中に人間の力を超えた何かを感じることがある」という人も56%と多数を占めた。

 多くの日本人は、特定の宗派からは距離を置くものの、人知を超えた何ものかに対する敬虔(けいけん)さを大切に考える傾向が強いようだ。

 調査は「宗教観」をテーマに面接方式で実施した。

 死んだ人の魂については、「生まれ変わる」が30%で最も多く、「別の世界に行く」24%、「消滅する」18%――がこれに続いた。

(2008年5月29日23時41分 読売新聞)

 
 だいたい、そうだろうなあと思うような結果だけれど、「先祖を敬う気持ちを持っている人は94%」については、ちょっと信じられない。

 でも、「多くの日本人は、特定の宗派からは距離を置くものの、人知を超えた何ものかに対する敬虔(けいけん)さを大切に考える傾向が強いようだ。」というまとめ方は納得できる。

 この世論調査をうけて31日の読売新聞の編集手帳は、志賀直哉の「城の崎にて」の一節「自分は死ぬ筈(はず)だつたのを助かつた、何かが自分を殺さなかつた…」を引用したあと、こう書いている。


 お天道(てんと)さまが見ている。お天道さまに済まない。昔の人がおそれた「お天道さま」も、“何か”だろう。人知を超えたものに「生かされている」と感じたとき、いかに生きるべきかについても想をめぐらすことになる。


 子供のころ「誰も見ていないと思っても、おてんとうさまが見ているからね」と言われた言葉を、今でも折にふれ思い出す。

 畏れ、敬う対象があることは、心のつっかえ棒になっているんだと思う。

2008年04月27日

'64東京オリンピックの聖火リレー

 昨日(4月26日)の物々しい聖火リレーにちなんで、奇しくも産経新聞と読売新聞両紙のコラムに、東京オリンピック時の聖火リレーの様子がある。

 まず産経新聞(WEB版)の「産経抄」。


 昭和39年に開かれた東京オリンピックの聖火は沖縄を回った後、4つのコースに分かれて国内をリレーされた。参加したのは聖火を持つ正走者に、1チーム20人ほどの随走者を加えると約10万人にも上った。日本人が熱く燃えた一大イベントだった。

 中心になったのは無名の高校生たちだった。当時そんな呼び方はなかったが「団塊の世代」の若者である。後に高度成長を担うことになるこの世代を大人の仲間入りさせるためのもくろみであった気もする。彼らも走者に選ばれたことを誇りに胸を張り走ったのである。


 次は、読売新聞(WEB版)の「編集手帳」。


〈聖火を運ぶ特別機がユーフラテス川上空にさしかかった時、イラク・オリンピック委員会から無電で「聖火リレーおめでとう。ご苦労さま、東京までがんばってください」と連絡が。機上からは感謝の返電が打たれた。まことに感激的だった〉。

 44年前、本紙の同行記者が伝えている。ギリシャから日本まで、途中12都市に立ち寄りながら行われたリレー。残念ながら頭上通過となった国も、祝電でその列に加わった。

 当時は現在とはまた異なる国際事情で中東からアジアを抜けるルートは平穏ではなかった。「緊張の東南アを飛ぶ聖火」などという見出しもある。

 しかし、連日刻々と聖火の動向を報じる特派員電は明るい。〈平和の灯の役目はたす〉〈各国は聖火を国賓待遇で迎え、歓迎式典の盛大さを競い合っている〉。行間には、開催国の記者冥(みょう)利(り)に尽きる、との思いが漂う。


 当時9歳だった私でも、その頃のキラキラした毎日が印象に残っている。小学校でも家庭でも、オリンピックの話題でもちきりだった。日本全体があんなだったんだなあ、とあらためて思い起こしている。

2008年04月26日

「何と申しましょうか…」

 プロ野球初の天覧試合を実況した志村正順アナウンサーがお亡くなりになったことをうけて、読売新聞のコラム「編集手帳」(08年4月26日)が、志村さんを悼む文章を書いている。

 その中のエピソードは、(古い)野球ファンの間では有名な話だけれど、もっと多くの方々に楽しんでいただきたいので、是非ここでも紹介させていただきたい。


 杉下茂投手の球が打者、藤尾茂選手の下っ腹を直撃した。1955年6月7日の巨人―中日戦である。実況の志村正順(せいじゅん)アナウンサーは「当たりました。なんと藤尾の“き…”」と言って絶句した。

 志村アナは机の下で隣の解説者、小西得郎氏の靴(くつ)を蹴(け)った。「き」の続きはあなたが言え、という。二度、三度と蹴る。「何と申しましょうか」の小西節はこうして生まれたと野球評論家、近藤唯之さんの「プロ野球監督列伝」(新潮社)にある。

 急所の「き」やら、何の「き」やら、二人の呼吸が愉(たの)しい。相撲解説者、神風正一さんとの名コンビといい、「声の軽機関銃」と評された実況の名手は掛け合いの手練(てだ)れでもあったろう。

 志村さんが94歳で亡くなった。戦時下には、神宮外苑で出陣学徒壮行会の実況を担当している。戦後は、巨人と阪神が天覧試合に火花を散らした後楽園球場でマイクの前にいた。昭和の世に降る氷雨も、舞う紙吹雪も、その人の声を抜きには語れない。

 「さすがは怪童中西、かすっただけでホームラン。どうです、小西さん」。訃報(ふほう)に、往年の名調子を耳によみがえらせた方もおられよう。


 言葉のやりとりにユーモアと生真面目さがあって、昭和の匂いがしませんか、良い意味で。 

 ちなみに、「何と申しましょうか」のあとは「藤尾君の今の痛さばかりはご婦人方には絶対にお分かりになられない痛みでして」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)と続く。
 

2008年03月31日

大きな活字と覚悟

 くすんだ色になった2,30年ほど昔の本を開けてみると、文字が小さく読みにくいことに驚く。歳のせいばかりでもなく、最近は本の活字が大きくなっていたんだなぁと、改めて気が付く。

 今日から朝日新聞も読売新聞も活字が大きくなったそうだ(新聞は購読してません)。WEB版で両紙のコラムを比較すると面白いことがわかった。

 まず朝日新聞の「天声人語」。

 一行の字数が増えて、心持ち文はゆったりと、おもむろに底で弾んで次の行へと進む。足の立たないプールで覚える戸惑いと、しばらく泳いでみての解放感を思い出す。全体の分量も6字増えた。うれしいなあ、と書けば消える字数ではあるが、限られた紙幅ゆえにありがたい


 活字も大きくなるが、文字数も増えるのだ。

 一方、読売新聞の「編集手帳」は、反対に77文字分減る。

 情報の密度は高く、潤いはそのままに、きりりと苦み走った男前の文章を求めて記者一人ひとりが我が身に鞭(むち)をあてる。活字を大きくするとは、その覚悟を読者に誓うことでもある 


 ぜひその「覚悟」を持ち続けていただきたい。

2008年03月22日

「春雨じゃ、濡れてゆこう」

 読売新聞(WEB)の「編集手帳」(3月22付)の一部を引用させていただく。


 俳人、長谷川櫂(かい)さんの句集「古志(こし)」に一句がある。〈春の水とは濡(ぬ)れてゐるみづのこと〉。朝、水道の蛇口をひねっての感懐か。あるいは雨上がりの舗道か。どの水かは分からない

 つまらぬ理屈をこねれば四季を問わず、水はいつも濡れている。そういう無粋な講釈を寄せつけず、「ああ、言われてみれば、春の水はなるほど濡れている…」と一読、うなずかせるのが詩の力だろう


 「言われてみれば」がポイントですよね。自分からは「春の水は濡れている」という発想は出てきません。ああ、そこらへんが言葉を自分のものにして表現している人と、普通の人との決定的な違いなんだろうなあ。
 
 また、こうも続いている。

 歳時記では、「春の雨」と「春雨」を区別している。「春の雨」は冬の名残の冷たい雨をも含み、「春雨」は春の後半にしっとり降る雨を指す。芝居の月形半平太が「春雨じゃ、濡れてゆこう」と舞妓(まいこ)の雛菊(ひなぎく)に言う、あの雨である


 日本語の繊細さに、ただ驚くばかり。 

2008年03月08日

越後屋の傘

「江戸じゅうを越後屋にして虹がふき」。これは読売新聞の編集手帳(08/03/08)で紹介されていた古川柳。なんの説明なしでも意味のわかる方は少ないのではないだろうか。


 越後屋は三井呉服店ともいい、三越の前身である。雨の日には通りすがりの客にも傘を貸した

 傘には店の名が大きく書いてある。多くの人に重宝されたことは「江戸じゅうを」で知れる。借りたまま失敬する不心得者は雨が降るたびに越後屋の宣伝係をつとめるわけで、貸し倒れにも備えている


 さすが一流の商人の発想はすごい。

 編集手帳でも、この「貸し倒れに備えている」点を重視し、今問題となっている「新銀行東京」のリスクを無視したやり方を批判している。

 まあ、それはさておき、うまい川柳のなんと奥の深いことか。

2008年02月02日

3紙読みくらべ

 「新s あらたにす」というサイトが1月31日から始まった。3社の新聞が読みくらべできるそうだ。


「あらたにす」は、「新しくする」の古語です。「新s」というロゴには「新(new)+s=NEWS」の意味があり、日本経済新聞、朝日新聞、読売新聞の3紙の叡智を結集し、新しいことを次々生み出していきたいという願いが込められています。

 「あらたにす」の特徴は、3紙が発信するニュースや社説などを「読みくらべ」していただけることです。3紙の一面、社会面の記事、社説などがそれぞれ並んだページ(「くらべる一面」「くらべる社説」など)で見出し部分をクリックすれば、3社のニュース・サイトで全文を読むことができます。朝刊記事は午前7時過ぎ、夕刊は午後4時過ぎにサイトに掲載されます。

 3社のニュース・サイトに載る最新ニュースも、「あらたにす」で同時に一覧できます。

 3紙の報道や社説を対比しつつ、じっくり読むことで、新聞の奥深さ、面白さを再発見してください。

 「あらたにす」には、学者や財界人、文化人、ジャーナリストら様々なジャンルの著名人が「新聞案内人」となって、新聞評やメディアに関するコラムなどを書くページがあります。まずは10人に案内人をお願いしました。独自の視点で3紙を読み、ニュースに対する多様な見方と理解を深めるためのナビゲーター役を務めてもらいます。

 (以下略)

 「あらたにす」よりほかに良い名前はなかったのかしら、と思わないでもなく…。

 それはともかく、たとえばトップページだけでも、「くらべる一面」として各紙の一面記事が並んでいて面白い。その下には朝日「天声人語」、日経「春秋」、読売「編集手帳」といったコラムもある。また、「編集局から」という欄も、なぜその記事が一面になったのかなどがわかって興味深い。

 ちなみに、本日平成20年2月2日の一面トップは、朝日と日経はともに「マイクロソフト社がヤフーに買収提案」関連、読売は「JT株、ギョーザ事件公表2日前に急落…証取委が調査」。読売のは特ダネか……などと思う楽しみ方もあり。できたら産経新聞も加わってほしいな。


   ※「新s あらたにす(日経・朝日・読売)」: http://allatanys.jp/index.html