2008年07月29日

白雨

 窓からひんやりとした風がゆるやかに流れ込んでくる。どこかそう遠くないところで夕立ちが降ったのかもしれない。

 本日付けの読売新聞(WEB版)のコラム「編集手帳」にこんな一節があった。


 夕立には「白雨(はくう)」という美しい異称がある。涼しげな名は白い雨脚から付けられたという。〈木から木へこどものはしる白雨かな 飴山実(あめやまみのる)〉。急な雨に遊びを中断して走る子供たちの、はしゃぐ声が聞こえてきそうである


 「白雨」、…今まで知らなかった言葉なのに、文字面(もじづら)と読む音から感じることができる。懐かしいような、ちょっと幻想的な情景が。
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2008年03月15日

気の悪い新語

 聞いた時、なんか嫌な感じのする言葉というものがある。もちろん「嫌な感じ」は人それぞれだ。

 4月から後期高齢者医療制度というものが始まるそうだ。どうやら「後期高齢者」というのは75歳以上の方々を指すらしい。何か月か前に初めて聞いたとき、びっくりしたし、いかがなものかと思った。

 読売新聞(WEB版、08/03/14)の「よみうり寸評」にも、こんなことが書いてあった。
 

〈後期高齢者といふ新語出づ長生きするは罪のごとくに〉――今月3日の本紙「読売歌壇」の一首(清水房雄選)。日野市の三浦正さんの作歌で投稿に作者80歳と注記があった


 ああ、やっぱり……、言われた側としては気を悪くするよね、この言葉。よみうり寸評さんはこう続けている。


いかにもお役所言葉のにおいがふんぷんの新語だ。人生の先輩たちへの尊敬や温かな配慮がいささかも感じられない


 言葉がどうのよりも、重要なのは中身なのだと十分承知の助だけれど、どうせ新語を作るなら、もちっとデリカシーを持ってね。
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2008年02月17日

油断一秒 怪我一生

 同じ漢字でも、日本と中国では意味が異なることがよくある。成田豊さん(電通最高顧問)が、『文藝春秋』(3月号)にこんなエピソードを紹介している。


 日本の企業を視察に来た中国の人が、そこに掲げられている「油断一秒、怪我一生」という標語を見て驚いた、という話がある。何しろ中国では。これは「機械の油を一秒でも切らしたら、自分を一生とがめてくれ」という意味になるのだそうだから。


 別の意味で大変だあ。

 ただ、改めて「油断」という言葉に注目して、なぜ油なんだろうという疑問が湧いてきた。ちょっと語源を調べてみたけれど、諸説あり決定的な一つというのはないらしい。

 と、ここまで書いて、「あれ? ”油断一秒”ってあんまり聞かないような気がする。ふつう”注意一秒”じゃなかったっけ」と考えだしてしまった。
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2008年02月06日

無駄口ことば

 本日の読売新聞のコラム「編集手帳」に、「無駄口ことば」という言葉が出てきたが、初耳だった。


 昔の人はしばしば、「無駄口ことば」を用いた。良かれと思って尽力したのに逆にとがめられたときは、「唐傘屋(からかさや)の小僧で骨を折ってしかられた」と使う◆

 長所が見つからないときは「貧乏稲荷で取りえ(鳥居)がない」。急用ができれば「曲がった松の木で走らにゃ(柱にゃ)ならねえ」。簡素な祝い事は「座敷のちり取りで内輪(団扇(うちわ))で済ます」…等々がある◆


 おもしろ〜い。そういえば、古典落語の中でもこんな風な言い回しがたくさんあったような(すぐに思い出せないけど…)。

 言葉をうまく操っているのって、生活に、人生に、余裕があるみたいでいいもんだなあ。
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2008年02月03日

驚いてはいけません

「驚いてはいけません」などと言われると、どんな驚くことが語られるのだろうと、次が聞きたくなる。

「勿驚」と書いて「驚くなかれ」と読むと、『オール読物』(平成20年2月号)のコラム「おしまいのページで」(佐野洋)に、書かれている。百年以上前の宣伝文句にまで使われているとのこと。現代でも「これで驚いてはいけません。他にも…」などと商品を宣伝している。さらにこうある。


 そのうち、「勿驚」も「驚いてはいけません」にしても、本当は驚いてもらいたいのだ、と気づいた。更に言えば、受け手が驚くか驚かないかは問題ではなく、それに続く言葉を聞いてもらいたいのだろう。


 確かに「本当は驚いてもらいたい」のだろうし、受け手も期待を持って聞くだろう。

 でも本当に辛い話を切り出すときにも、心構えをして欲しいという気持ちで言うときあるんですよね。文字通り「驚かないで」って。
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2007年12月01日

朝永振一郎とアメリカの土産物屋

 『現代用語の基礎知識』(自由国民社)は戦後まもなくから発行されている。我が家にある最も古いものは、父が若かりし頃買った1951年編集版だ。昭和26年…。

 先日ふと思いついて、長年本棚の片隅に押しやられていたそれを手にとってみた。ページをめくると、ひとつひとつの言葉から戦後の匂いがしてくる。今後、「へ〜」と思うようなものがあったら、折に触れてここに書きたいと思っている。

 『現代用語の基礎知識』では、各分野に分類された用語が解説されている。中に「物理用語」というふつうなら私が絶対に目を通さない項目がある。ただ執筆者が朝永振一郎氏とあるのにひかれ、パラッと開いてみた。

 用語説明の前に1ページ「執筆について…」という前書きのような文章が載っていて、これが面白かった。以下(前半だけですが)、やや長い引用(漢字は現代の字に変えてあります)になります。しつこいようですが、昭和26年のもの。


 昨夏アメリカ、ユタ州の山間を、見物旅行していたとき、土産物を売る茶店に美しくもない石がちんれつしてある。何かと思ったらウラニゥム鉱石と説明がついている。

 わざととぼけて、この石は何ですか、とおやぢに聞くと、それはウラニゥム鉱石で、それからアトム・ボンブを作るのだ、とすこぶるセンセーショナルな説明をする。

 そして、ちょっとこっちへ来なさい、といって、その石を一つとって店の他の側へつれて行く。そこには、何か電気じかけの小さい装置がある。おやぢの言うのに、これはガイガー・カウンターで、これで石の放射能の強さがわかるのだ。

 装置のスイッチを入れて、石をそばへもっていくと、バラバラバラと装置にしかけたラウド・スピーカーがなる。これで鉱石からX線が出ていることがわかるのだ、という。

 ところが、鉱石をどけても、ときどきポン――ポンと音がする。この音は一体何だ、どこからX線が来るのか、とわざとたずねると、おやぢがすまして、それは宇宙線だ、と答える。

 このように、アメリカでは物理学の専門用語が山間のへき地にまで行きわたっている。


 このエピソードだけで、当時の一般的なアメリカ人が物理学用語をふつうに使っていたとはいえない。

 それでも「このように、アメリカでは〜」と朝永氏が書いたのは、「日本も早くアメリカに追いついてほしい」という願望が強くあり、日本の読者にはっぱをかけたかったのではないだろうか。

 科学が日々進歩していく中で、専門用語が日常語化することがあり、それらを一般の人向けに解説した字引が必要となった。「物理用語の解説」は、まずその試みとして執筆されたもののようだ。

 土産物屋さんは、朝永氏を日本人と分かったうえで「アトム・ボンブ」という言葉を使ったのだろうか。それにしても、朝永氏もかなり人が悪い。土産物屋さんも、まさかのちのノーベル物理学賞受賞者に放射能の説明をしていたとは思いもよらなかったことでしょう。
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2007年07月29日

「どんだけ〜!」

 テレビで、ヘアメイクさん(ですか?)のIKKOさんが「どんだけ〜!」と叫んでいるのを見て、面白いなあって思いました。使い方がどんどん広がって、他の芸能人たちも楽しそうに叫んでいます。

 で、本来の意味は? 最初に言った人は?
【週刊文春 2007年8月2日号】にその答えが出ていました。

「この人のスケジュール表」(P.125)というページに、新宿二丁目のお店「Pt〜プラチナ」のママ、やすこさんのことが紹介されています。やすこさん曰く―。


「『どんだけ〜』っていうのは、相手や物事に対して疑問を感じたときに使うんですぅ。例えば、仕事で部下が言ったことと違うことをした時になんかはぜひ」


 そ、そうなんですか? 例がちょっと文春向け過ぎるようで…。


「今年の二月に、私たちの私生活がバラエティ番組で放送されて、そこで私が普段使ってた『どんだけ〜』って言葉を、IKKOさんたちが使って広まったみたい。流行らせようとして言った訳じゃないんですけど〜。イントネーションが面白いのかな?」

 元々は、やすこさんの友人の「どんだけッ○○なんだよ!」という口癖が、短くなったものだという。


 普通の言い方で「どんだけ」と短くしただけでは面白くないですね。確かにイントネーションが絶妙なのです。ただ私自身は使えそうにないです。なぜって言われても困るけど…。
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2007年07月14日

空砲

 ネットでスポーツ情報をチェックしていたら、「松井秀12号空砲」という見出しが目にとまった。

 「空砲」ってどういう意味なんだろう。この場合、ホームランを打ったのだから、「思ったほど打てない打者」ではなく、途中でノーゲームになったのかしら。幻のホームラン。

 記事を読んでみるとそうではなくて、チームが負けたため勝敗に関しては無駄なホームランだったということらしい。こういう言い方、以前からあったのかなあ。

 調べてみるとけっこうアチコチで同じ使われ方をしている。な〜んだ、私が今まで気にしなかっただけか。

 でも、もともと実弾を入れないで撃つことなんだから、なんだかそぐわない言葉に思える。それとも、負けちゃって、むなしい(空しい)の「空」なんかな。
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2007年06月24日

草との格闘

 午後は雨、という予報だったので、ずっと気になっていた庭の草むしりを朝から頑張った。たった3時間だけなのに…疲れた。腰と右手首が痛い。ビール酵母を飲む。何故かこれを飲まないと夜になって腕がだるくなってしまうのだ。

 そんなことはどうでもいいが、いつも「草むしり」と書きながら、本当はどう書くべきなんだろうと考える。「むしる」という表現が適当なのかと迷いながら使っている。引き抜く感じは出ているものの、痛いような露骨さに抵抗があるのだ。

 「草引き」と「草取り」は、実際の作業より軽い動きに思える。指先で軽くつまんで抜いているようだ。夏なんて本当に重労働なのだ。泥と汗と虫との闘いなのに、その雰囲気が出ていない。

 では一番ポピュラーと思われる「草刈り」ではどうか。稲刈りのように地上の部分をザクザクと刈り取るのならぴったしだけれど、私の場合根っこまで取るのでこれでは違う。

 結局この重たい疲れにみあうだけの表現が見つからなかった。でも天気予報は当たって、ちょうど12時から雨が降っている。
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2007年03月14日

くしゃみ・魂・魔物

 あ〜鼻が、鼻が……ムズムズする〜、ア〜フェ〜フェ〜、フェックション! 1ヶ月前からほとんど毎日こんなだ。車のフロントガラスに黄色い杉花粉が積もっている〜。たかが花粉症の「くしゃみ」とあなどってはいけない。これで2回もギックリ腰になっているのだ。くしゃみの気配を感じたら、すぐさま安全な姿勢にならなければならない。今日も快晴で強風という最悪のコンディション。気をつけねば。うむ。

 ところで、本日の読売新聞(2007年3月14日17面)の「日本語 日めくり」に、その「くしゃみ」の語源が載っていたので、そのままご紹介。

 古くは「くさめ」と言った。くしゃみが出たとき、一緒に魂が飛び出るのを防ぐための呪文だったらしい。

 「命長かれ」の意の「休息万命急々如律令(くそくまんみょうきゅうきゅうにょりつりょう)」または「千秋万歳(せんしゅうまんざい)急々如律令」を早口に唱えたのが「くさめ」となったとも伝えられる。だが、柳田国男は「くそ食らえ」と同じ「くそはめ」に由来するののしりの言葉だという。くしゃみを起こし、魂を取り去ろうとする魔物を追い払おうとの気持ちが込められているのだ。

 もっとも、杉花粉にまじないは効かない。ののしるよりも、マスクと薬を忘れずに。

 どちらにしても、昔の人はくしゃみを魂とか邪悪なものと結びつけていたのが興味深い。くしゃみは風邪の兆候で、風邪は万病の元。病気への恐怖感が現代よりもはるかに強く、原因不明なものも多かっただろうから、呪文をとなえたくなるのもうなづける。

 そういえば高校時代に聞いた話を思い出した。(アメリカかオーストラリアだったと思うのですが)留学して帰ってきた上級生が、こんなエピソードを話してくれたのだ。ホームステイ先でくしゃみをするたびに、そこの家族がすぐに何か叫ぶ。「ガバッシュッ!」という風に聞こえるけれどさっぱり意味が分からない。戸惑っていると、これは「God Bless you(神さまのご加護がありますように)」ということから「お大事に」ということだと説明してくれたそうだ。誰かがくしゃみをするとすぐにそう言う習慣があるのだという。

 当ブログのタイトルに、くしゃみの音を使っているけれど、これは悪魔を追い払ってくれているのだろうか、それとも魂が飛び出てしまっているのだろうか。2年も経って言ってみてもしょうがないか。
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