2007年11月17日

携帯型スキマー

 クレジットカードを持っていないし、持つ予定もない。一番の理由はカード払いという仕組みの安全性を信用していないから…かな。スキミングされて身に覚えのない買物などされたらなどと心配するくらいなら、持たない方がいいんじゃないかと思っている。

 最近のスキミングはより巧みになっているという話を、室井滋さんが「すっぴん魂」【週刊文春 2007年11月22日号】で書いている。


 確かそれは”携帯型スキマー”と呼ばれるもので、ポケットの中に隠し持ったり、掌に握っていたりしても、まるで目立たぬものだった。満員電車の中など、他人に接近していても不自然でない場所で獲物を狙う。スーツの内ポケットやズボンのポケット、はたまた鞄の中などに入れた財布に狙いを定め約五秒かざすだけで、クレジットカードやキャッシュカードの情報が抜き取られてしまうという恐るべきシロモノなのだ。


 ありゃ、キャッシュカードもだめか…。


※ 今年はブログ更新が滞りがちですね。
  ときどき「今日はどうかな」とのぞきに来てくださっているみなさん、ごめんなさい。
  もうしばらくはこんな調子だと思いますが、元気ですので、
  どうぞよろしくお願いいたします。
のり at 21:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 室井滋

2007年05月26日

残していってええのは足あとだけやで

 室井滋さんは、自分の第六感のようなものにこだわる人なのだそうだ。(「すっぽん魂」【週刊文春 2007年5月31日号】)

 自身がナレーションを担当している番組『素敵な宇宙船地球号』(テレビ朝日)が、”熊野古道のジレンマ”(五月二十七日放送)というテーマでロケに行くと聞きつけ、なにやらピク〜ンと反応してしまったのだとか。

 ただ、今回の放送分はもう一人のナレーターである緒形拳さんの担当で、室井さんは関係ない。そこを頼み込んで同行させてもらうことになったのだ。(しかも自腹で)


 女優人生でこんなお願いをし、人のロケに便乗しようとしたのは初めての事だった。
 しかし、なんだか本当にパワースポット熊野が私を呼んでくれているような気がしてならなかったので、私は半ば強引に撮影チームを追いかけるようにして熊野へと旅立ったのである。


 熊野古道に着いた室井さんは、ロケの間一人で散策を始めた。まず入山心得の看板が良い。


『告・入山心得。
熊野の神様佛様は大自然そのものです。
古道を歩く時、次の約束を守って下さい。

(1) 持って来たもんは全部持って帰ってよ。

(2) 残していってええのは足あとだけやで。

(3) 持って帰ってかまんのは土産と思い出だけやで』

 この看板が番組の言いたい事をすでに示してくれているようだった。


 笑いながら感心してしまった。こんな優しい言葉で、キチンと言うべきことを訴えている。

 室井さんは、大自然の中でいろいろな感情が次から次へとあふれ出て来た。木々、葉っぱ、光、お地蔵様などを見て感慨深くしながら歩き続けて出会ったものは――、というところで(次号に続く)。

 番組では観光客が多くなったことによる弊害も取り上げるようだが、さて、室井さんの第六感は当たったのだろうか。パワーを得たのだろうか。私もパワーが欲しいなあ。
のり at 09:42 | Comment(0) | TrackBack(2) | 室井滋

2007年04月08日

白アリが消えた?

 3月25日に起こった能登半島地震。富山県出身の室井滋さんも、「すっぴん魂」【週刊文春 2007年4月12日号】の中で、親戚や友人たちのことをたいそう心配していた。当日は、東京在住の同郷の友人たちも、なかなか故郷の家族に連絡がとれないため、少々パニックになっていたようだ。

 さて、このエッセイの中に気になる話があった。この地震の前日、室井さんと知人2組の夫婦とで交わした会話だ。知人両家ともここ半年の間に中古の一戸建てを購入して、それぞれ神奈川県逗子市と埼玉県所沢市に住んでいる。


「実はね。白アリが出たのよ。あれが発生すると、柱も何もかんもやられて大変になるって聞いて、私達、慌てたの。すぐに業者に相談して、駆除を頼んだのね。ところが、日程を合わせて、そろそろだわって頃になって、まったく白アリがいなくなってるのに気が付いたの。あんなにいたのに、今はどこにも一匹もいないのよ」

 逗子の夫婦がこう語れば、所沢の夫婦もそれに大きく頷いた。

 所沢で買い求めた古い家も白アリが発生してたのに、ここのところ、きれいさっぱり見かけなくなったと言うのだ。


 妙に暖かかった冬などとからめて、室井さんたちは不気味な気持ちになり、地震の前ぶれかも、などとも思い浮かべていたらしい。

 それにしても、白アリがいなくなったのは、室井さんの身近にたまたま起きたことなんだろうか。それとも関東一円、あるいは全国的に起きていることなんだろうか。すぐに何かに結びつけるのは短絡的であやうい。誰か白アリのことを調べてくれたらいいのに、と思った。たとえ地震と関係なくても、白アリ対策のヒントが得られるかもしれないではないか。

 なにはともあれ、被災地のみなさまが、一日も早く普通の生活に戻ることができますように!
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2006年12月21日

うちの台所は綺麗です

 電話セールスというのでしょうか、あれって煩わしいです。こちらの都合も構わず、突然電話してきて、まくし立てます。化粧品や掃除サービス、ソーラーシステムを試せだの、霊園の宣伝も。あげくのはては投資でマンションを買えという見当違いなものまで。我が家のどこにあるんだ、そんなお金!

「うちにはお金がありませんから」と正直に断わって相手が引き下がるのはまれで、あとは、なんだかんだと言ってきます。なので、ここは嘘も方便で乗り切っています。

 掃除を断るのは簡単です。
電は電話セールスの相手。( )内は私の気持ちです。
電「今ならガスレンジの掃除をたった○○○円でお試しいただけますし…」
私「うちの台所はいっつも綺麗になっているんですよ。ええ、換気扇もマメに掃除してますから」
 (うちまで見に来るわけないもんね)

 またこんなこともありました。
電「顔のシミや皺などがすぐに取れる画期的な化粧品が出来ましたので、お試しいただき…」
(そんなものあったら、本当に画期的だ)
私「でも、興味ありませんから」
電「まだお若いようですね」
私「えっ! ええ、ええ<冷や汗>」
(勘違いしたらしいゾ)
電「お若いと、まだ必要ないですか〜」
私「ええ、まだちょっと…。失礼しま〜す」
 (うちまで見に来るわけないもんね)

 でもいつもこんなに上手くいくわけではありません。何度か不愉快なこともありました。そもそも一方的に電話してきて他人の時間を無駄に使わせ、自分の言いたいことを言うのって、失礼なセールス手段だと思います。しかも偉そうな口調だったり、押し付けがましい人もいて、すごく腹立たしい思いもしました。絶対に勧誘に乗らないゾ、とますます意を強くしたものです。

 訪問セールスも困ります。室井滋さんの「すっぴん魂」【週刊文春 2006年月12日28号】にも、訪問セールスの対処で面白い話がありました。

 私が、”宗教の勧誘にはキッパリ、「うちは代々、浄土真宗。自分が十代目で墓守りだから、他のは無理」と断ると、皆、サッと引く”とその対策を披露すれば、友人がまた、”新聞勧誘のおじさんに「字が読めないので」と老眼が始まった事を苦しげに言ったつもりが、「外国人!?」と勘違いされた”などという経験談を聞かせてくれたのだ。

 さすがに「字が読めない」は、通用しませんでしたね。
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2006年11月27日

首輪をつけられたニワトリ

 室井滋さんの「すっぴん魂」【週刊文春 2006年11月30日号】は、小学6年のときのお話。卒業近くなると、男子は中学入学に備えて坊主頭にならなければならなかった。ところがT君は、坊主頭にしたその日から、皆から笑われたり、囃し立てられるようになってしまった。頭に十円玉より大きなハゲがあったからだ。

 T君は「やめれま〜」と、必死で抵抗していたが、一週間程して、突如ハゲに黒マジックを塗るという作戦に出た。
 これはこれで、また騒ぎを呼んでしまったが……、そんな中、彼を可哀想に思う声も当然湧き上がって、やさしい数人の男の子達が、自分らの頭の小さなハゲや傷にもマジックを塗り出したのだ。
 すると、T君のハゲを冷やかす声はピタリと収まった。

 事態は一転して、こんどは頭にマジックを塗るのが流行り出し、T君はユニークは発想の持ち主として、皆から尊敬の眼差しを向けられるようになったとか。

 T君が黙ってうつむいてしまう性格でなく、「やめれま〜」と声に出すことができる子だったこと。T君を可哀想だと思う子たちが数人いたこと。つまり本人の勇気と数人の同級生のやさしさとがあったからこそ、この件は深刻にならず、むしろ明るい結末となったのでしょう。

 昔、テレビでニワトリ(かアヒルだったか?)を使った実験を見たことがあります。放し飼いにされている何十羽のうちの1羽に、頭から赤い輪をかぶせて、まるで首輪をしているようになりました。すると途端に、今まで一緒にいたニワトリたちが、その1羽を鋭いくちばしで突つくのでした。ただ首輪をつけただけなのに…。可哀想なのですぐに首輪ははずされたと記憶しています。

 先の子供たちがT君をからかったのも、やっていることはこのニワトリたちと似てますね。T君には、ただみんなより大きなハゲがあるだけなんですから…。動物は、生きていくのに必要な警戒心のために「自分達と違う物」「見たことのない物」に、敏感に反応する本能があるのかもしれません。でも、人間は本能だけの生き物ではありませんからね。首輪の仲間を突ついたニワトリたちと、同じレベルじゃあ、恥ずかしいヨ。
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2006年06月09日

ウソつきと正直者

 このごろ、よく、わざわざ記者会見を開いてウソを言っている人がいる。経済犯罪、モラル違反、殺人、政治的詭弁…。カメラの前で演技している。罪悪感というものが、誰にも等しく存在すると思って見ていてはいけない。欲と引き替えに、簡単に魂を悪魔に売る人たちも居るのだ。

 しかし、たぶん大部分の人は、やってはいけないという線を超えたりしない。昔「誰も見ていなくても、お天道さまが見ているんだから」と大人たちは言っていた。悪い事をしたら、たとえ誰からも咎められなくても、お天道さまと自分自身が知っていて、結局は罪悪感に苦しめられるはず。なのに、テレビを見ていると、世の中がウソつきばかりに思えて暗い気持ちになったり、腹が立ったりしてしまう。

 そんなとき、室井滋さんの「すっぴん魂」【週刊文春 2006年6月15日号】のエピソードを読んで、嬉しくなった。室井さんは、ある和菓子屋さんで、麩まんじゅうが3つあるのを確認して、店のおじいさんに3つとも注文した。ガラスケース前にかがんだおじいさんが「麩まんじゅう二つでいいかね」と尋ねてきた。

「麩まんじゅうは二つしかないもんで」
「えっ!? だって今、ここに三つありましたよねぇ」
 するとおじいさん、顔を赤らめて、
「今ね、オイラが一つ下に落っことしちゃった」と照れ笑いされるのだ。
 その顔がとてもチャーミングだったので、私も思わず一緒に笑い声をあげる。
 ウィンドーの向こうの床は板張りで、ピカピカに掃除も行き届いているのだから、人によってはお客の目を盗んでこっそり包んでしまいそうなものなのに。昔カタギの職人さんは本当に正直なものだと、やけに嬉しくなった。

 感激した室井さんは、その落ちたまんじゅうは、サッと洗って食べるから、別に包んで売ってくださいと頼む。そういう室井さんもすごいが、そのおじいさんは、「これはもう売れねぇ」と断った。たとえお客さんが許そうが、自分が許せなかったのだろう。”正直者”の話は、聞くだけでも気持ちが良い。
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2006年03月28日

そこをなんとか…

 室井滋さんの「すっぴん魂」【週刊文春 3月30日号】に、こんなシーンがある。コンビニの中にある小型ポストにハガキを投函しようとしたとき、ちょうど郵便物を回収していていた。タイミングの良さに喜びの言葉を口にしながらハガキを差し出したのだが、ポストに入れるよう言われ、形式なものだと思って、投函する。まだポストの扉が開いたままだったので、すぐに回収袋に入れてくれると期待していたのにもかかわらず、その室井さんのハガキの束はそのままで、ポストはバチンと閉められてしまったというのだ。

 「うっそぉ〜!?」
 私は思わず大声で叫んだ。
 だって、そりゃあないじゃないの。意地悪っつうか、何つうか。今、まさに丁度回収している最中に、目の前に指し出された郵便物を受け取れないっつうのは、意地悪かケチ以外の何ものでもない。

 回収員さんの背中に向って「ケチッ!」と叫んだ室井さんに、コンビニのレジ係のおじさんが、規則なんだから仕方ないと言う。確かにね、どこかに線を引かなければならないというのは、分からないでもない。でもね、ここまで杓子定規なやり方をしなくても…。

 昔の田舎でのこと。電車に乗り遅れそうになり、必死で駅の階段を走っていると「早く、早く!」と声がする。電車の車掌さんか運転手さんが手招きしてくれている。少し、発車を待っていてくれたのだ。次の電車との間隔が開いていたのどかな時代だから出来たことだけど、それだって、規則だからと、目の前で発車されても仕方がなかった。でも、乗り遅れたら可哀想だと、同情してくれた、その気持ちが嬉しかった。ポストも扉を開けているうちに投函されたぶんくらい、黙ってササッと袋に入れても、誰が損をするだろう。

 社会には、もっと重要なルールや規則がある。それが、誰に対しても、どんな権力に対しても、絶対に守られているのなら許せる。でも、実際はどうですか。政治力、権力、地位、お金を利用して「そこをなんとか…」と捻じ曲げているんじゃありませんか。
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2006年02月09日

自分の脳にまるで自信がない

 パズルに凝ったことがある。普通のクロスワードから始まって、ナンクロ、漢字、お絵描き・・・など様々なパズルをやった。中でも「ナンプレ」(Number Placeの略)または「数独(すうどく)」と呼ばれるパズルは好きだった。たとえば9×9のマスの表に、あるルールに従って1から9までの数字を入れるだけだ。これは知識も計算も必要なく、ちょっとした待ち時間にはぴったりなのだ。簡単なものから難易度の高いものまでかなり解いたし、ちょっとは自信があった。

 ところが、最近久しぶりにナンプレの問題を解いてみようとしたところ、途中で手がとまってしまった。それも難易度のマークが、かなり低い問題だった。「どうしたんだろう。そんなはず…ない。ウソだ」などと心の中で何度もつぶやいた。スラスラと解けるはずなのに、一体どうしたんだろう。鼻歌まじりに始めたのに、だんだんと変な焦りが出てきた。嫌な汗も出てきた。たかがパズルでこんな気持ちになったのは初めてだ。結局信じられないくらい時間をかけてやっと解けたものの、自信は消えうせ、心底ガッカリした。

 昔から記憶力は人一倍悪いので、それに関してはもともと自信がない。普通の人が老化現象で物覚えが悪くなるというところを、私の場合マイナスからスタートしているので、どこまでが「もともと」で、どこからが「衰え」なのかその境目がはっきりしない。ただ確かに芸能人の名前など固有名詞がパッと口に出なくなった。

 室井滋さんの「すっぴん魂」【週刊文春 2月16日号】に他人事ではないエピソードがあった。室井さんが喫茶店で、60歳近いと思われる奥様風の女性からじーと見つめられる。あとでわかるのだが、その女性は室井さんを知り合いの誰かだと思って、必死で名前を思い出そうとしていたのだった。ついに近づいてきて、名前を忘れてしまったことを何度も詫びながら、名前を尋ねてくる。

 私は彼女がどんどん情なさそうな顔になっていくのが気の毒になり、”自分は女優だ”という事と、”TVを熱心に見て下さると、身近に思いがちなもの”という事をお話した。
 女性は「あ〜ッ」と驚いて苦笑いを浮かべられたが、またすぐ元の泣き顔になった。

 この女性は、若い頃は記憶力では誰にも負けなかったのだと言う。ところが最近は、顔がわかっても名前が全く出てこなくなったのだと嘆くのだった。子育ても終り夫との単調な生活が脳に良くないのかと思い、買い物帰りに寄り道したりと変化をつけているのだそうだ。

「フフッ、嫌ね、齢を取るって。私、もう自分の脳にまるで自信がないんですもの」
 姿が美しく、若々しい人だっただけに、彼女のこの”自分の脳にまるで自信がない”という言葉は残酷に響いた。

 この女性は、室井さんの顔を見て名前が浮ばずに困っている時、きっと変な汗をかいたと思う。私にはなんとなくわかる。頭が真っ白になって「どうして思い出せないのだろう」と。そして、”自分の脳にまるで自信がない”ということになっていくのだ。ただ、その女性は若い頃は記憶力に自信があったという。その人でさえそうなるんだとしたら、いったい私の脳はどうなってしまうのだろう。
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2006年01月19日

個人情報とシュレッダ

 著名人などは別として、ブログを書いている人の多くは本名などは明かしていないですね。私も自分を特定しうる情報はできるだけ書かないつもりです。書いている記事は別にどうってことのない内容ですが、個人情報がいつどういう形で災いを起こすか予想がつかないのが不気味だからです。

 室井滋さんの「すっぴん魂」【週刊文春 1月26日号】では、個人情報を守るためにシュレッダが大活躍。そもそも友人から、「仲間の電話番号やメールアドレスを書いた手帳を落としてしまった」というお詫びの電話をもらったことがきっかけで、周りを見ればお歳暮やお年賀の宅配便の伝票でさえ個人情報満載。「これ、このまま捨てると、手帳を落っことしたのと同じ事よね」と思った室井さんは、それらをシュレッダにかけた。そういえばDMなどの郵便物だって、個人情報がたっぷりだし、案外身近なところに簡単に捨ててはいけないものが転がっている。

 室井さんがあまりに大量の書類をかけたせいか、シュレッダが故障してしまい、修理の間、手巻きのシュレッダで代用しようかと買いに行ったもののどこも売り切れだった。

 文房具店の爺さんの話では、”去年最も売れた製品の一つ”だそうな。「個人情報大事の世の中だもん。オイラだって使ってるよ。姉さん遅れてんね」には思わず爆笑! 本年の初笑いとなったのでありました。

 シュレッダってそんなに売れているんですかあ。知らなかった! みなさん、やはり個人情報が漏れないように神経使っているんですね。テレビでゴミ屋敷と呼ばれる家の主が、ゴミ集積所からよその家が出したゴミ袋を持ち帰ってくる場面があったけど、あれなんていろんな意味で大問題でしょう。うちの近所にあんな人は居ないと思うけれど、見ていてゾッとした。

 ところで室井さんは紙をシュレッダにかけることが、快感になってしまったご様子。

 自分でもちょっと怖いが、次第に私はガーッと紙トコロテンが出来上がる度に「フフッ」とほくそ笑み、時には「ざまあみろ」という雄たけびすらあげるようになった。

 大丈夫かな〜。室井さん間違って必要なものまで紙トコロテンにしないでくださいね。
のり at 17:33 | Comment(0) | TrackBack(1) | 室井滋

2005年11月10日

ダイエットは楽じゃない

 先週から気になっていたので、室井滋さんの「すっぴん魂」【週刊文春 11月17日号】を真っ先に読む。いつも通りのダイエットをしても、前夜(夕食後)と翌朝(トイレ済み)の体重を比較したらピッタシ同じだったという話の続きを読みたかった。食事量を減らして夕飯の時間を早くすると、翌朝にはだいたい500gは減り、四日間で2sは減るはずだったのに、まったく減らなくなったという。トイレを済ませたぶんを考えるとむしろ太ったことになると、室井さんは焦っていたのだ。理由が知りたい。

 さて、体重が減らなかった(太った)理由がわかったのかと読んでみると、室井さんはご自分の超薄着(眠る時もタオルケット2枚だけ)が原因ではないかと推測している。

 これはあくまでも私の素人的推測だが、夜中にいよいよ体が冷えてきた時に、私の体は私自身を守るため、脂肪を作ろう、蓄えようと頑張ってしまったのではなかろうか。眠っている間に多少は行なわれる発汗作用がなされなくなり、夏期はひと晩に就寝中1s減だったこの体が、俄然守りに入ってしまったのかも。

 試しにゆっくり風呂につかって、厚手の毛布でホカホカ眠ったら、翌朝は700g減っていたそうだ。う〜ん、でも「ゆっくり風呂につかって」というのがポイントではないのかなあ、なんて私は思う。健康な人にとっては何でもない入浴だけど、実際は湯船につかっているだけでもとても体力を消耗する。寝る前にすでにかなりのエネルギーを費やしたってことではないのだろうか。

 ともあれ、もう2時間サスペンスものの撮影が始まってしまった室井さん、早くあと2s落としたいということで、メイクさんのアドアイスを受けて寒天ダイエットを決行する。みんなで食前にトコロ天を食べて食事の量を減らす作戦だ。ところがロケ中の昼食のためお蕎麦屋さんに皆で行ったとき問題がおきた。持ち込みが出来ないのだ。仕方なく交代で店先の歩道に出てトコロ天を飲み込んだそうだ。

 行列の人々は皆、不思議そうに私らを見た。誰かに質問されるような事があれば、”これは女優魂なので”とすかさず答える心づもりはちゃんとできていたが……。
あまりの怪しさゆえか、声までかけてくれる人はさすがにゼロなのでありました。
 ああ、ダイエットするのも楽じゃない。でも頑張るぞ!

 と、終っている。これまたトコロ天ダイエットの結果が来週読めるのかと思ったけれど、今回は【この項つづく】となっていない。この話題はここまでなのかな?室井さん、トコロ天が効いたかどうか、いつか書いてくださいネ。
のり at 17:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 室井滋