2006年04月27日

今からなのに

 熊崎敬さんの「熊さんのゴール裏で日向ぼっこ」【週刊文春 5月4.11日GW特大号】に、「最終回」とあった。「なんで?!」

 サッカーファンでなくても、このエッセイは面白かった。熊崎さんが本当にサッカーが好きで、サッカー選手やサッカーファンを温かい視線で見ている姿がうかがえて、読んでいて楽しかった。特に外国のサッカーファンの思い入れは、熱心だからこそのユーモア溢れるシーンとなり、大いに笑えた。

 最終回となってしまったその内容は、カズこと三浦和良選手への感謝の文となっている。最初の頃、カズのことが大嫌いだったという熊崎さん。当時、ワールドカップとは、日本代表が立てるような場所ではなく、むしろそれくらい神聖なものに感じていた。だから「違うよ。ワールドカップは出なきゃダメなんだ!」と言い放ったカズに、反感を持ったようだ。また、チャラチャラして振る舞いも気に入らなかった。ところが、やがてサッカーをまったく知らなかった人たちまでを巻き込んでいく。

 カズは正しかったのだ。
 その布教活動が薄っぺらく見えたのは、それが世間を巻き込むうえでもっとも効果があることを彼が知っていたからだ。それは世界一サッカーが大衆に沁みこんだ国、ブラジルで属った男だけができる発想と芸当だった。

 今、熊崎さんは思う。カズのおかげで日本のサッカーは光輝いたと。そして日本代表がワールドカップに出場できるようになり、Jリーガーがもてはやされるようにもなった。選手はみな感謝しなきゃいけないと。そして熊崎さん自身も、サッカーが光を浴びたからこそ、今の仕事が出来ていることを感謝している。

 本音をいえば、引退するときにカズにお礼をいいたかったけれど、僕の方が先にお役ご免になってしまった。伝道者としての重責から解き放たれたカズはいま、少年のように心からサッカーを楽しんでいる。あんな生き方、できたらいいな。

 最後は「あんな生き方、できたらいいな」と締めくくっている。きっと、好きなことに打ち込めて、楽しめる、そういう生き方がうらやましいのだろう。熊崎さんは、今、本当に自分のやりたい事を思い切りさせてもらえてないのかもしれない。ワールドカップの頃には、きっと熊崎さんらしい人間味溢れるレポートがたくさん読めると期待していた。だから、なぜ今この連載が終ってしまうのか、全然わからない。本当に今からなのに…。
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2006年03月31日

サッカーW杯初代王者

 サッカーファンの皆さんなら常識なのだろうか、サッカーW杯での最初の優勝国がウルグアイだということを。熊崎敬さんの「熊さんのゴール裏で日向ぼっこ」【週刊文春 4月6日号】によると、第一回のワールドカップは1930年のことで、参加したのはたったの十三カ国だったそうだ。ヨーロッパから参加した4ヶ国は、二週間も船に乗って開催地であったウルグアイまで行ったというのだから、ウルグアイには地の利があったようだ。ただ、1950年のブラジル大会でも優勝している。

 そして今、ウルグアイの国民は、今でもその過去の栄光にしがみついているようだ。

 プレイオフで敗れたドイツ大会の予選でも、街角で陰謀説が囁かれていた。
「FIFA(国際サッカー連盟)にしてみれば、俺たちが勝ってもカネにならないんだ」
「俺たちが優勝して、だれが得をする? だれがユニフォームを買う? だれがDVDを買う?」
 強く、伝統もあるウルグアイが負けるのは仕組まれているからだ、と愚痴る。
 ある長老記者などは、
「二〇一〇年の南アフリカ大会に勝つのはアメリカだ。アメリカが勝てば、サッカー界が潤うのだ」
 とまで言い切った。

 実力で負けたと認めたくない。そんなとき、きっと陰謀説でも持ち出さないと気持ちが収まらないのでしょう。ウルグアイ国内にも、そんなふうに反省しないから強くならないんだと、正論を言っている人たちもいるそうですが、それは少数派。でも、こんな例は、なにもウルグアイだけのことではないですね。

 初代王者で思い出すのは、このほど日本が優勝した第一回WBC。熊崎さんもそのことに触れています。

さて、今回のWBCはどんなふうに語り継がれていくのだろう。もし仮に中国が嘘みたいに強くなって、日本が勝てなくなったら、
「野球界は中国の市場を開拓して儲けたいんだ」
 と陰謀説を唱えるのだろうか。日本人は素直だから、それはないか。いや、先のことはわからないぞ。
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2006年03月16日

ラテンの乗りで

 野球のことで胸がもやもや。今日、WBCで日本が韓国に惜敗。こうなると、アメリカ戦での誤審審判の顔までも甦ってきてしまい、ますます胸が落ち着かない。この気持ちをどこにぶつけたら良いのだろう。仕方ない、他のことを考えよう。

 良く知らないけど、サッカーの話に変えよう。
 熊崎敬さんの「熊さんのゴール裏で日向ぼっこ」【週刊文春 3月23日号】のタイトルは、”ブラジルと戦う前に知っておくべきこと”とある。敵を知ることって大切だよね、と思ったら、サッカー技術の話ではありませんでした。まずラモス瑠偉の言動はネタになるという話題から、

 そんなラモスの愛称はカリオカ。生粋のリオっ子を指す言葉だ。リオ在住三十年にもなる日本人の爺さんにカリオカについて訊くと、「女好きで怠け者、遊び上手で稼ぎ上手、酔っ払いが歌うようにしゃべります」
 その爺さんも立派なカリオカ。

 そんな享楽人種の典型のようなサッカー選手が、九四年アメリカ・ワールドカップで世界一になったロマーリオ。何もせず、ふらふら歩いているかと思うと、絶好の場所にひょっこり現れてゴールを決める。そして、転寝(うたたね)をする。
 やりたいことをやりたいようにやって、彼は七〇〇ゴールも決めた。本人は八〇〇だと言い張っている。

 ほんとう? でも、面白いなあ。肩から力が抜けていて、すごいことをやってのける人って、緊張しないのかしらん。享楽人種と書かれているのは、いわゆるラテン系の人たちを指しているのでしょう。根っこに”人生を楽しもう”という気持ちがあって、実力が備わっている人ならば、怖いもの無し…かな。

 ラテンの乗りといえば、昨日のWBCで日本が対戦したメキシコは、とっても陽気だった。試合前日の練習風景も笑いがいっぱいで、踊っているようなリズムが漂っていた。表情も動きもラテン系。試合前の国家斉唱のときでも、何人かはよそ見をしていたりして、ちっとも厳粛な感じがなかった。すべてがとっても気楽そうで、「いいな、いいな、メキシコ人」と好感を持ってしまった。

 あっ、ついまた野球の話に戻ってしまった。今夜はやけ酒ならぬ、やけ食いしそう。悔し〜い! え? まだ明日のメキシコ-アメリカ戦の結果によっては、日本は準決勝に進めるって? ならば、メキシコの選手の皆さんには、ラテンのリズムに乗って頑張って欲しいなあ♪
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2005年11月07日

メッシはマラドーナになるか

 天才少年、少女と呼ばれる子供が現れたとき聞くと、将来が楽しみで、ちょっぴりワクワクするものの、必ずしもそのまま才能が花開くとは限らないんだよね、などと思う。

 熊崎敬さんの「熊さんのゴール裏で日向ぼっこ」【週刊文春 11月10日号 P.139】に、ブラジルでマラドーナの再来と呼ばれる少年、リオネル・メッシという少年が登場している。今年六月に開催されたワールドユースで、優勝、得点王、MVPに輝いた驚異のドリブラーだそうだ。

 十月九日、アルゼンチン対ペルーの南米予選を観に行くと、そのメッシが先発としてピッチに立っていた。パスを受けるたび、彼は躊躇なくドリブルを仕掛け、その度に宙を舞った。
 谷川の激流を思わせるメッシのドリブルは、短い距離の中で緩と急がめまぐるしく入れ替わる。減速したと思った瞬間、敵が足を出すと、メッシはすでに加速していて、ファウルの一丁あがりである。ペルー人たちはお手上げといった表情で、ファンはやんややんやの大喝采である。

 軽やかに自由自在に動き回っている様子が浮んでくる。それにしても、マラドーナといえば、サッカー選手の名前をほとんど知らない私でさえ、スーパースターだと知っている。その人の再来と言われて、これから挫折やプレッシャーを乗り越えて行かなければならないんだろう。でも、この子はすでにひとつの大きな試練を越えてきているらしい。

 実は、このメッシ、11歳のころにホルモン分泌の異常が見つかり、大きくなっても身長は150センチくらいまでしか伸びないと診断された。月々の治療費は、900ドルかかるという。それは決して豊かではない彼の両親が支払えるような額ではなく、当時通っていたクラブも肩代わりしようとしなかった。そんな少年に手を差し伸べたのが、スペインの強豪バルセロナだった。13歳の若さでスペインに渡り、メッシは身体もプレーも成長した。

 そんな話を聞くと、まだ見たこともない選手だけれど、つい応援したくなってしまうのが人情です。誰々の再来と呼ばれるより、自分自身の名前が知れ渡るように頑張って欲しい。私がメッシという名を忘れないうちに。
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2005年10月06日

ラモス瑠偉の負けず嫌い

 柏レイソルのラモス瑠偉コーチについて、元チームメートの武田修宏さんが「遊びでもジャンケンでも本当に真剣にやるんです。すごく負けず嫌いで…」などとコメントしているのを聞いたことがある。「見たまんまなんだぁ」とおかしくなってしまった。

 こういう情熱的な人は、日本社会の小さなグループの中では、悪い方に転ぶとそのエネルギーに周りがしらけてしまい浮いた存在になることもある。また良い方に向えば、周りの人たちのモチベーションを上げる発火剤のような役割をも果たせる。実際、ラモスがコーチになってからのレイソルは、幸い後者であるようだ。熊崎敬さんの「ゴール裏で日向ぼっこ」【週刊文春 10月13日号 P.141】にこうある。

 そんな男がコーチになって、レイソルは一夜で変身した。勝てなかったいままでの「サッカーのお勤めをしています」という大人しさはどこへやら、凶暴なチームへと化けたのである。ラモスがベンチ入りした初戦、彼らは絶好調、ガンバ大阪に土をつけた。職人肌の明神智和までもが荒々しいタックルを繰り出す一歩も引かない戦いぶりは、観客や記者団はおろか、ガンバの西野朗監督をも瞠目せしめた。彼は会見の第一声で、こう語っている。
「たったひとりで、あれだけ変わるとは……」

 先ほど、情熱的な性格が良い方か悪い方へ転ぶと書いたけれど、では何故ラモスの場合は良い方へと行ったのだろう。

 ラモスの恐るべき影響力の背景には、おそらく彼の現役時代の凄さをいまの選手たちが知っていることもあるはずだ。「名選手、名監督にあらず」とよくいわれるが、現役時代の実績がいつもマイナスに作用するわけでもない。

 選手たちがラモスの実績を尊敬している。だからこそラモスの言動に迷いも無く従っていけるのかもしれない。しかもそれで良い結果が出てくると、ますますこれで間違いないと自信を持っていくことだろう。ラモス本人はそういうつもりはないのだろうが、何事にも真剣な姿が、私には愛嬌があるように見える。それでつい笑ってしまうので、「ごめんなさい」と書いておこうか。でもやっぱりサッカー以外では力を抜いてもいいんじゃないかな。
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2005年09月17日

真のプロフェッショナル・カズ

 熊崎敬さんの「熊さんのゴール裏で日向ぼっこ」【週刊文春 9月22日号 P.148】を読むと、サッカーJ2横浜FCのカズこと三浦知良選手というのはプロ魂を持った人なのだなあとあらためて思った。熊崎さんは、京都サンガ戦前に三ッ沢球技場でお客さんたちに取材している。

 その中に選手のご両親がいた。「カズさんのおかげで少しずつクラブが良くなっている」と息子さんから聞いているそうだ。練習のボールが新しくなった。試合前のミーティングもホテルで行なわれるようになった、など。観客も1試合当たり二、三千人は増えているそうだ。カズはその日2ゴールを決める大活躍で、スタンディングオベーションを受けていたという。でも私が一番すごいと思ったのは、試合後の様子だ。

 メディア対応を終えたカズは、夜の十時を過ぎても熱心に自分を待ってくれていた五、六十人ものファンに握手やサインをひと通りして、やがて小さな三ッ沢球技場から去っていった。 
 三十八歳になっても、カズはピッチの内外で期待に応えつづけていた。本物のプロフェッショナルに出会った、素敵な夜だった。

 ところで、本日付けの『SANSPO.COM』に「カズ週明けから移籍交渉…シドニーFC10月上旬に成立も」という記事があった。サッカーのシステムがまったくわからないのでコメントのしようがないのだけれど、「豪州リーグ・シドニーFCから期限付き移籍の打診を受けている」とあるので、あちらから求められての移籍話のようだ。だとしたら素晴らしいなどと思いながら、そばの写真に目が行った。それは練習後のカズがちびっこファンにサインをしている場面だった。
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2005年09月10日

トルコサッカーファンの武勇伝

 以前、熊崎敬さんはブラジルのサッカーファンについて書いていたが、今週はトルコのファンについてだ。「熊さんのゴール裏で日向ぼっこ」【週刊文春 9月15日号 P.127】。こちらはヤジがすごいばかりでなく、やることなすこと理解を越えている。

 ファンは皆さん情熱的な方ばかりで、競技場での殴り合いは日常茶飯事。興奮のあまり、自らの身体を切りつけて出血する輩が後を絶たない。トルコ人の自傷行為はサッカー場とコンサート会場の名物で、
「またやっちまった。手当てをしてくれよ」
おバカさんが救急車に群がっていたりするのである。

 ”情熱的な方”で始まって、”おバカさん”になってしまってます。後が本音ですね。それにしても自分自身を傷つけるって、一体どういうつもりなのか、さっぱりわからない。

 あるクラブのファンの溜まり場に潜入したときには、卒倒した。耳が半分削げた男、額に何箇所も切り傷のある男、指のない男が次から次へと参上し、
「俺が吠えただけで、イタリア人は退散したぞ!」
「英国人を殺傷したのは、実は俺の手先だぜ!」
頼んでもいないのに、武勇伝を語り始めたからだ。

 ト、トルコって、そんな国だった? 
早速ネットでトルコ滞在期的なものをいくつか読んでみた。サッカー場での注意点をあげているサイトもあった。物が投げ込まれたり、火が立ちのぼったり、という危険に注意をうながすものがあった。

 けれど、多くの人たち(日本人)の感想を総合するとほとんどがトルコ人に対して好意的だ。トルコ人気質を表す共通の言葉がある「親切」「日本が好き」「(良くも悪くも)いい加減」「勇敢である」などだ。「勇敢」ってところがミソか。でも、根は良い人が多い…らしい。
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2005年07月07日

ブラジル代表のサービス精神

 サッカーのブラジル代表といえば、世界的なスター揃いだろう。まわりを警護する人たちに囲まれていて、ファンは簡単に近づけないのだとばかり思っていた。それがまったくの誤解だと気づいたのは、熊崎敬さんの「熊さんのゴール裏で日向ぼっこ」【週刊文春 7月14日号 P.160】を読んだからだ。

 コンフェデレーションカップの決勝を控えたブラジル代表が、フランクフルト郊外での公開練習を行なったとき約700人の観客がいた。練習後、その観客たちから次々と声がかかる。

 一番人気は、もちろんロナウジーニョ。笑顔を振りまきながら、彼は柵に群がる人々に握手やサインをしてまわる。必死に身を乗り出す子どもたちは、やがて最高にハッピーな顔で親のところへ駆けていくのだった。
 おっ、カカやジュニーニョ、ジーダも加わってきたぞ。彼らは嫌な顔ひとつせず、差し出される靴やボール、写真に次々にサインしていく。カカのサインをもらった婦人などは、感激のあまり泣き崩れていた。

 サインを貰った子供の輝いた顔は、容易に想像できる。泣き崩れた婦人の気持ちもよくわかる。その感激をファンは一生忘れないだろう。ファンだけではない、メディアサービスにも時間をかけていたそうだ。そんな様子を見た熊崎さんは、その何日か前の光景を思い出して複雑な気持ちになったという。

 ケルンで見た日本代表控え組の公開練習でのこと、日本人ツアー客とドイツの子供たち、40人くらいが日本代表にいくら呼びかけても、だれも日陰から出ようとしなかったというのだ。浮かない顔をして帰って行ったファンたちを見て、熊崎さんは、

 理由はわからない。でも、大人気のブラジル代表でさえ、サービス精神の大切さを知っているのだ。なぜ、世界では無名の日本代表が、それをしようとしないのか。

 何故なんだろう? 選手の一存では行動出来ないのかもしれない。もし何らかの理由があるのなら、ファンに説明すべきだ。ましてや事前に日本代表エンブレム入りネームタグやポストカードを配ったというのだから、サインを期待させておいて知らんぷりは落胆させるだけだ。ブラジル人であるジーコ監督はどう考えているのだろう。

 サッカーに限らず、プロたるもの、常にファンを意識すべきだと思う。プレーで感動してもらえば良いという考え方もあるが、私はプレーもファンサービスも両方やってこそのプロだと思っている。サインひとつで、人の顔を輝かせる力を持っているのだから。
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2005年06月18日

イランの手作り日の丸

 サッカーW杯最終予選のイラン対バーレーン戦。テレビカメラに向かって日の丸を掲げている人たちがいる。イランの人々がバーレーンをひどく嫌っていて、日本と一緒にドイツに行きたいと言っているという話は「誰とドイツに行きたいか」で書いたが、まさかバーレーン戦で日の丸を揚げるとは思わなかったし、それほどの数だとも思わなかった。

 ところが、その場に居合わせた熊崎敬さんの「熊さんのゴール裏で日向ぼっこ」【週刊文春 6月23日号 P.137】によれば、観客席には無数の日の丸がはためいていたそうだ。

 得意満面でそれを振り回しているのは在イラン日本人、ではない。一目瞭然、コテコテのイラン人である。訊けば、彼らは自らの手で、丹精込めて拵えてきたという。 
 1階席の屋根にあたるところには、三枚もの大きな日の丸が掲げられ、そこに「THANK YOU - FAIR PLAY」などと書かれている。しばらくすると、メインスタンドの一角ではみるみるうちに十メートル四方もある巨大な日の丸が広げられた。まったく奇妙な光景である。

 日本には関係の無い試合で、何故こういう光景が見られるのだろう。これは決してバーレーンへのあてつけだけではないと、イランの人たちは断言したという。

 誰に訊いても、まったく同じ言葉が返ってくる。
「おれたちは日本を愛しているんだ! 日本と一緒にドイツに行くんだよ!」

 だとしても何故なんだろう。日本人はほとんどいないのに。誰に見せるためにわざわざ日の丸を手作りしたのだろう。日本と日本人を尊敬し、憧れていると言われても、なんだかピンとこない。でも、イランの皆さん、ありがとう。それだけは言っておきたい。
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2005年06月04日

ブラジルサッカーの野次

 「熊さんのゴール裏で日向ぼっこ」【週刊文春 6月9日号】。熊崎敬さんはブラジルでサッカーを観戦しようと、ブラジル全国選手権をクララさんという日系二世の女性ガイドと共に競技場へ。

 試合中地元チームが劣勢となり、観客の怒鳴り声がすさまじくなる。熊崎さんには何を言っているのかわからない。赤面するクララさんに無理矢理訳してもらう。

 「あの人は、娼婦の息子って叫んでいます」
「この人は審判に向かって、角が生えた男だと叫んでいますねえ」
 角が生えた男?
「お嫁さんを寝取られた男だといっているんです。
寝取られて激怒するあまり、角が生えちゃったんですね」
       (略)
「血の通っていないオカマ」
「寝取られたロバ野郎」

 あまりの表現の部分はここでは割愛させていただいたが、それにしても観客は憂さ晴らしにサッカー場へ行くそうで、それでサッカーとは直接関係のないヤジになってしまうのだろうか。

 ただ熊崎さんとクララさんの後ろの席のふたり組だけは、下品な言葉を使わずに大人しかった。前の席に女性であるクララさんがいたからだという。その後、我慢できないとみえて、席を移して気兼ねなく罵倒していたそうだが。

 女性に対する心遣いもするというのなら、それなりのマナーをわきまえていよう。そうと知れば、いくら怒鳴り散らしている姿を見ても怖くはないかもしれない。ただ、赤面するような罵声を浴びせられている敵、味方の選手や審判たちは、サッカーに集中できているんですかね。
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