2008年01月11日

「野球文学」というジャンル

 たとえば、好きな芸能人がいたり、好きな芸術家がいたり、好きな音楽がある人は、そのことを誰かに語りたくなるだろう。あるいは書きたくなるだろう。あなたは何を語りたいですか?

 李啓充さんの「大リーグファン養成コラム」【週刊文春】を読んでいると、いつも野球、特にアメリカのメジャーリーグへの愛情が、温かさとともに伝わってきた。

「ほら、こんな裏話があるんですよ。素敵な選手でしょう? 素敵なスポーツでしょう? こんな人生ドラマがあるんですよ。野球と社会がこんなに深くかかわっているんですよ。ファンもこんなにユニークなんですよ」………まだまだ書ききれないほどのメッセージが胸に投げ込まれてきた。野球好きなのに、近年日本のプロ野球に対して急速に興味を失った私にとって、とても楽しいコラムだったのだ。

 そんな「大リーグファン養成コラム」が昨年の年末号で最終回を迎えてしまった。李さんによれば、野球レベルの日米差が縮まりつつあるのと対照的に、野球ライティングにおいてはまったく縮まる気配がないという。

 かの国には、文学の中に明確に「野球文学」というジャンルすらあるそうだ。野球以外の分野で活躍する著名人が野球の名著を著す例が跡を絶たないと聞くだけでも、野球が文化の一部となっていることがうかがえる。


 学者としても専門知識を駆使、野球というスポーツを「知的遊戯」の対象としたのが、イエール大学学長を務めたバート・ジアマッティだ。専門は、古典/比較文学だったが、ボール「パーク」の語源はパラダイスと同じとか、野球というゲームの「苦難を克服してホームに帰還する」という目的はギリシャ神話のオデッセイに通じるし、それが証拠に作者の名は「ホーマー」だとか、野球ファンを大いに楽しませた。

 
 そういうの好きだなあ。ただ私は、日本には野球マンガがある、と言いたい気もする。知らない人から見ると、野球は単純で間延びしたスポーツだと思う。たとえば、投手と打者との心理的、技術的かけひきなど、目に見えない部分を教えてくれたのが「巨人の星」などの野球マンガだった。少なくとも、私が野球ファンになったきっかけを与えてくれた。

 さて、話を戻して、また李さんの文章を引用させていただく。

 実は、ハーバードの研究者だった私が野球を題材として物を書くようになったきっかけも、「アメリカの知識人もすなる野球ライティングといふものを、自分もしてみむ」と、浅はかにも思い立ったことにあった。ジアマッティの域に及ぶことは到底かなわないと承知しつつも、
「知的遊戯」としての野球コラムを書くことを目指して6年間頑張ってきたが、このコラムも今回が最終回である。ご愛読いただいた読者には心から感謝したい。


 う〜ん、残念です(週刊文春で読みたいエッセイがどんどん減っていくので、購読をやめるかも……)。

 それでも「大リーグファン養成コラム」は、まさにそのタイトル通り、日本に多くの大リーグファンを生み出したと思う。若かりし頃、野球を題材として何か書きたいと夢見たことを思い出したりもした。

 李啓充さんお疲れさまでした。レッドソックスファンではないけれど、李さんの著書『怪物と赤い靴下』(扶桑社)を読んでみるつもりです。ある書評によれば、特に「レッドソックスとジミー基金」が秀逸だと。

 拙ブログでも紹介したことありましたね。
http://rabbit050314.seesaa.net/article/23058589.html
のり at 23:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 李啓充

2007年11月19日

ファンが縁起をかつぐとき

 テレビでスポーツ観戦中、自分がたまたま何かしたときにお気に入りのチームが点を入れたりすると、それが2回も続けば、たいていのファンは大いなる確信を持ってしまう。「私がこうすれば点が入る」と。本人の自己満足なのだが、これがエスカレートしてくると、思わぬ悲喜劇を呼ぶ。

 李啓充さんの「大リーグファン養成コラム」【週刊文春 2007年11月22日号】にも、日本のお守りがレッドソックスの勝利を導いたという縁起担ぎの話がある。まずは2004年のお話。


 織田信長の末弟、有楽斎の直系子孫に当たるこの医師がボストンに到着したのは、レッドソックスがリーグ選手権でヤンキースに3連敗。絶体絶命の窮地に追いつめられた直後のことだった。滞在先のホテルで日本食レストランに入ると、店主も常連客も意気消沈、店中が暗い雰囲気に包まれていたという。

「みなさん、ご安心なさい。私が、日本から霊験あらたかなお守りを持ってきたから、これで大丈夫」

 さすが織田家末裔、医師は、民の不幸を黙って見ていることができず、「元気付け」とばかりに、佐賀県は祐徳稲荷神社の「勝守(かちまもり)」を店内に配ったのだった。はたして、レッドソックスは4連勝でヤンキースを下すと、ワールドシリーズでもカージナルスに4連勝、1回も負けることなく86年ぶりの優勝を達成した。勝守の絶大な功徳に店主も常連客も驚嘆、以後、この店での医師の食費がずっとタダになったのは言うまでもない。


 李さんも、今年リーグ選手権で王手をかけられたあと、その医師からお守りをいただき、胸ポケットに入れ、ピンチになると手を当てて祈る「儀式」を行うようになったとか。効果は絶大だった!

 ところが、ワールドシリーズ第3戦観戦中、岡島が本塁打を打たれたとき、その儀式を忘れていたことに気づいた。儀式再開後は岡島も後続を抑えリードを守ったのだったが、そのとき李さんは大慌てで仕事部屋にあった勝守を取りに走ったため、膝をいため、今でも足をひきずっておられる…。それでも大満足らしい(自分の犠牲のおかげでレッドソックスが勝ったと思っている)。

 わかるなあ、その気持ち。ファンとはなんと愚かな人種なのでありましょう。
のり at 21:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 李啓充

2007年10月22日

ロッキーズの高地パズル

 松井稼頭央のいるロッキーズと松坂大輔、岡島秀樹のレッドソックスが、メジャーリーグのワールドシリーズを戦うこととなった。李啓充さんが「大リーグファン養成コラム」【週刊文春 2007年10月25日号】で、ロッキーズについて面白いことを書かれているのでご紹介したい。

 かつてのロッキーズは、弱いチームとして定着していた。その一因にホーム球場の高さがあったのだという。塀が高いのではない、標高が1600メートルもあるのだ。低地と比べて打球の飛距離が約1割伸び、投手にとっては地獄となる。ロッキーズのフロントは、高地でも勝て、ビジターとなる低地でも勝てるチーム作りに頭を悩ませていた。


 ロッキーズが「高地パズル」を解くことに成功したのは、2002年だった。パズルの答えは、「高地の野球を高地の野球でなくしてしまう」ことにあったのだが、具体的には、ボールをヒュミドー(葉巻などを保存するための加湿庫)に保管することで湿気を吸わせ、飛ばないように「加工」したのである。


 その効果は絶大で、ホーム/ロード別防御率に差が無くなった。そこでやっとチーム作りの方向が定まり、選手の養成にも力が入れられた。また数少ない補強選手である松井の活躍はメッツ時代とは別人のようだ。ちなみに、松井からポジションを奪ったメッツのホセ・レイエスは、極度のスランプに陥り、松井がそうだったように、ブーイングを浴びている…のだとか。

 さて、このコラムはまだワールドシリーズ出場チームが決まっていない段階で書かれているのだが、最後にこうある。


 ロッキーズが今の勢いを維持してワールドシリーズに進出した場合、その相手がレッドソックスになる可能性が極めて高い。大輔・秀樹VS稼頭央の対決を阻むものがあるとすれば、秋深い高地に降る雪ぐらいしか考えつかないのだが……。


 楽しみが増えました。
のり at 15:28 | Comment(2) | TrackBack(1) | 李啓充

2007年06月22日

病室でインターネット

 週刊文春で「大リーグファン養成コラム」を連載している李啓充さんが、5月末、緊急手術を受けられたそうだ。といっても手術は無事に済み、お元気なご様子なので安心した。【週刊文春 2007年6月28日号】

 なんでも手術翌日には家族にノート・パソコンを持ってきてもらったとか。日本の話ではありませんけどね。入院したボストンの病院は、病室からワイヤレスでインターネットにアクセスでき、しかも消灯時間がないという絶好の環境にあった。さすがアメリカだなあ。日本でもそんな所があるのかしらん。

 ネットで全米の野球中継にアクセスできるのだが、お目当てのレッドソックス対ヤンキース戦は、あるテレビ局の独占中継のためアクセスが禁じられていた。それでもネットのラジオ中継を楽しんだようだ。

 その病院は土地柄、ボストン・レッドソックス・ファンの職員が多いのだが、少数派とはいえ、ヤンキース・ファンもいる。レッドソックス・ファンの李さんにとっては、宿敵ヤンキース・ファンの医療者に処置を受けるのは落ち着かないんだそうだ。元ハーバード大学医学部助教授とは思えません。

 術後数日経って、研修医に執刀医の名前を確認している。


「スタインブレナーとよく似た名前でスタインバッカーだ」と教えてくれた。


 スタインブレナーというのは、ヤンキースのオーナーですからね。それを聞いた李さん。


「自分はヤンキース・ファンに命を委ねてしまったのか」とドキッとしたが、


 なんでやねん。


私の動揺を察したのか、研修医が、「名前は似ているけれども、ヤンキース・ファンではない。大の松坂ファンだ」と、すぐの補足説明をしてくれたのでほっとしたのだった。 


 なんちゅう会話……。

 なにはともあれ、お大事に!
のり at 21:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 李啓充

2007年04月06日

Rソックス・ファンの悲しい習性

 李啓充さんの「大リーグファン養成コラム」【週刊文春 2007年4月12日号】によると、大リーグのレッドソックスは、松坂加入ということもあって、ファンのみならず専門家(野球専門誌『ベースボール・アメリカ』3月26日号)からも、今年のワールドシリーズ優勝を予想されているそうだ。

 ところが、レッドソックス・ファンの心理は複雑で、優勝への期待だけでなく、疑念も持っているのだとか。それも相当深刻なものらしい。


 1919年から2003年までの84年間、「これで勝った」と思いこまされた挙げ句に最後には負けるという仕打ちを何度も受けてきただけに、レッドソックス・ファンは警戒心を解いていない。

 「これで勝った」とだまされた挙げ句に負けた試合の格好の例が、86年、メッツ相手のワールドシリーズ第6戦だが、延長10回2点差2死走者なし、「68年ぶりの優勝まであと一人」の場面から逆転されてしまった(この試合を巡って引き起こされる悲喜劇を描いた映画『ライフ・イズ・ベースボール』[原題『ゲーム6』]が、近々日本で公開されるという)。


 わ〜、その映画、観たいなあ。


 ギリシャ神話で、シジフォスは、苦労して山頂まで運び上げたと思った途端に運んだ石が転げ落ちるという、永遠に終わることのない罰を科されたが、レッドソックス・ファンも、長年、シジフォスと類似の「罰」を受けてきただけに、「まだだまされているのではないか」という疑念は強い。


 恐ろしい「罰」だこと。でも、2004年にやっとワールドシリーズに優勝したという例外があったはず。しかし、このときは、「もう絶対負けた」と思ったのに勝ったという形をとっただけで、だまされたことに違いはないのだそうだ。

 松坂の初登板、初勝利のニュースは、ますますレッドソックス・ファンに優勝の期待を抱かせることになるだろう。それでも心のどこかに、「まただまされているのでは…」という思いがあるのだとしたら、ちょっと気の毒なような、笑っちゃうような。人の一生ほどの長きに渡ってだまされ続けてきたのだから、そんな習性になってしまったのも無理もないかな。
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2007年01月17日

松坂へのアドバイス

 ボストン・グローブ紙に、ダン・ショーネッシーというコラムニストがいる。李啓充さんの「大リーグファン養成コラム」【週刊文春 2007年1月18日号】によれば、なかなか面白い人物のようだ。

 ショーネッシーは、ユーモアたっぷりに選手をからかうコラムで地元読者の人気も高いが、ベストセラー『バンビーノの呪い』を著し、「ベーブ・ルースの呪い」を世界に知らしめた功績でも知られている。

 そのショーネッシーが、12月14日のコラムで、レッドソックスに入団した松坂大輔に対し、「友好的助言」を書いたそうだ。中には半ば冗談めかしたものもあるが、その中で、李啓充さんがもっとも大切だというのが次のくだり。

「誰かが『ジミー基金』と言うのを聞いたら、後について行きなさい。そして、頼まれたことは何でもするのです。計り知れないほどの大きな報いが得られます」

 ジミー基金については、李啓充さんのこのコラムで何度か取り上げられ、当ブログでも紹介したことがありました。→ 「スマートな募金活動

 小児癌研究と患者を支援する「ジミー基金」とレッドソックスは、密接な関係にある。それらの支援は、選手が励ます側にいるにもかかわらず、実は選手自身の人生観や野球観までも変わることが多いのだそうだ。

 ショーネッシーの娘ケイトも、8歳で白血病になったとき、ジミー基金によって助けられた。選手だけでなく、元選手もこの支援に参加しているそうで、彼女を情熱的に励ましたのが、テッド・ウィリアムズだった。その後ケイトは完治し、今は大学のソフトボールの選手だという。

 李啓充さんのこのコラムを読むたびに、アメリカの選手は、日本よりもっと社会的な行為を求められているのを感じる。ただ野球で好成績を残せば良いというわけではない。松坂には、そういった日本との違いを、周囲の人たちが早く教えてあげて欲しい。ショーネッシーが書いたアドバイスについて、李さんはこう言っている。

 長年熱心にチームをフォロウしてきた者にしか書けない「選手心得」となっているので、松坂には一読することを勧めたい(私の翻訳でよければいつでも進呈する)。

 読んでみて損は無さそう。
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2006年11月28日

注意欠損障害をもつ大リーガー

 李啓充さんの「大リーグファン養成コラム」【週刊文春 2006年11月30日号】によると、メジャーリーグ、ブレーブスの一塁手アダム・ラローシュ(27)は、「集中力に欠けた選手」として知られているという。

 そんな不名誉なレッテルを貼られたのは、いわゆる「ボーンヘッド」を繰り返したためだ。プレー中、集中力を途切れさせないために、常に周りの選手が怒鳴りつける必要があるほどだった。中でも昨年の一塁カバーを忘れた事件は語り草になっている。

 三振振り逃げの状況で空振りした打者が手を滑らせ、バットは一塁手の前へ転がった。ここで一塁手のラローシュは捕手からの送球を待たなければならないのに、なんと、バットを拾いに行ってしまったのだ。もちろん打者走者は誰もいない一塁でセーフとなってしまった。

「飛んでくるバットを見た瞬間に試合の状況を一切忘れてしまった」からだった。
 と、信じがたいボーンヘッドを繰り返してきたラローシュだが、実はその原因は「ADD(注意欠損障害)」を患ってきたことにあった。この病気、子供では「ADHD(注意欠損多動障害)」と呼ばれることが多いが、米国では小児の5%が薬剤治療を受けていると言われるほど、「ありふれた」病気である(薬で学校の成績が良くなるケースが多いので、本当は必要ないのに親が治療を要求する傾向が強い)。

 ラローシュは、今年の5月に、またとんでもない信じられないプレーをしてしまった。それもあって試合は負け、ファンからの激しい罵倒を浴び、監督の怒りにも触れた。これらがよほどこたえたのか、ラローシュはついに薬剤治療を受ける決心をしたのだった。

 ラローシュの病気は子供のころからのものなのだが、薬が合わないという理由で今まで治療を受けていなかったのだ。ところが今回は、幸い数年前に認可されたばかりの新薬コンサータが効果をあげ、集中力が生まれ、ボーンヘッド・プレイは消えた。

 そればかりか打撃まで好調になり、打撃の総合的指標OPS(出塁率と長打率の和)が、オールスター前はリーグ60位だったのが、オールスター後はリーグ6位に急上昇する効果まであったのだ。この新薬コンサータは、厳密に言うと禁止薬物なのだとか。しかし大リーグ機構からは治療目的の使用ということで事前許可を得られている。(今のところオリンピックなどではドーピングになるらしいデス)

 世の中には、ラローシュと同じ病気なのに、本人も周りも気づいていないケースってあるのでしょうか。もしあるとしたら、真剣に取り組んでいるのにもかかわらず初歩的なミスを連発してしまい、周囲からは「たるんでいる」とか「やる気が無い」と誤解され、本人も自分を無能だと勘違いしている可能性もありますね。治療によって道が開けるかもしれません。
のり at 10:30 | Comment(3) | TrackBack(0) | 李啓充

2006年08月31日

スマートな募金活動

 アメリカでのお話。今年8月18日、大リーグ、ヤンキース対レッドソックス戦の中継は特別なものだった。ジミー基金という小児癌研究基金への募金が呼びかけられたのだ。イニングの合間などではなく、試合中に織り込んでいく。

 李啓充さんの「大リーグファン養成コラム」【週刊文春 2006年9月7日号】によると、その中継はこんな風だった。

「放送席に、10年前、17歳のときに癌と診断されたジョージ・スペンサーさんをお招きしました。あっ、エリック・ヒンスキーが今日2本目の二塁打を打ちました。……さあ、ジョージ、ジミー基金について話してください」

「10年前に診断されたときは本当に重かったのですが、今は、すっかり元気になりました。最近結婚しましたし、ジミー基金のおかげで、人生を楽しむことができるようになったのです」

「右翼への飛球、ヒンスキーは三塁に進みました」

「今は、癌治療を受けたことの長期的影響を調べる研究に協力しています。皆さんも、どうぞ、募金に協力してください」……

 小児癌患者、元患者、家族たちの体験談と野球中継という、ちょっと異質な組み合わせだが、レッドソックスが半世紀以上、このジミー基金のスポンサーとして支援し続けていることを知れば納得できる。

 不治の病だった小児癌を、治癒率75%にまで引き上げたのはジミー基金があってこそ、と言われているそうだ。

 野球中継の合間に、募金達成額が報告され、テレビ観戦している人達も、目標額に達することを願い、協力する。レッドソックスは、選手が病棟を訪れて子供達を励ましたりもしている。そのことに感謝している家族らも協力を呼びかける。

 この日、ダブルヘッダーで連敗したレッド・ソックスだったが、募金の額は目標を上回り、280万ドルも集められた。これで幾多の患者・家族が救われた(セーブした)のだからと、李さんはこう評価している。

 レッド・ソックス・ファンにとって、この日の成績は「0勝2敗、セーブ∞(数え切れず)」となったのだった。


 観ている方も目が回りそうな野球中継だけど、とても効率の良い、スマートな募金活動だと思った。日本のテレビ局が莫大な費用をかけて、丸一日を使い呼びかける募金とは、なんと対照的なのだろう。

 今、日本テレビのHPで募金金額を見ると、(27日現在で)296,495,232円となっている。試しに本日の為替レート、1ドル≒117.4円で換算してみた。252万5500ドルだった。
のり at 13:25 | Comment(2) | TrackBack(0) | 李啓充

2006年07月28日

おむすび顔とヘルメット

 大リーグでは、サヨナラ本塁打を打った選手がホームインする直前にヘルメットを投げることがはやっているそうだ。李啓充さんの「大リーグファン養成コラム」【週刊文春 2006年8月3日号】にそう書いてあった。そのきっかけとなったエピソードが面白い。

 サヨナラ本塁打を打ってホームインするとき、チームメイトたちから手荒な歓迎をされる。すなわち頭をポコポコと叩かれる。いつも思うのだが、あれが味方の選手で、笑いながら叩くから喜びの表現とわかるけれど、もしあれが敵の選手で、同じくらいの強さで叩いたら、絶対に暴力に見えるし、叩かれた方も怒るに違いない。

 まあ、ヘルメットをかぶっているのだから、それほど痛くはないようだが、実は、それによって10日間も頭痛に悩まされた選手がいたそうだ。レッドソックスのデイビッド・オーティース(DAVID ORTIZ)だ。彼が、このヘルメット投げを流行らせた張本人だという。オーティースの顔は、(李さん言うところの)南伸坊張りのおむすび顔。

 普通の形の頭だったら、殴られた衝撃をヘルメットが吸収するはずなのだが、オーティースの場合は、おむすび顔の三角形の頂点に丸いヘルメットが乗っているために、逆に、殴られた衝撃が、揺れるヘルメットのせいで増幅されるようなのである。

 それが頭痛の原因らしいのだ。そこから李さんの仮説なのだが、

「サヨナラ本塁打を打つたびに何日も頭痛に苦しめられるのではたまらない。ヘルメットをかぶっていなければ、手加減した殴り方に変わるのではないか?」と、以後、オーティースは、自分の身を守るために、ホームイン直前にヘルメットを投げ捨てるようになった。

 それをだんだんと他の選手も真似して、定着したというのだ。オーティースがヘルメットを投げるきっかけについては、とっても説得力がある。ただ他の選手はなぜ真似をしたのだろう。放り投げる姿が格好良かったのでしょうか。

 5月、レンジャースのフィル・ネビンが同じようにヘルメットを投げたとき、解説者はこう言ったそうだ。「なんと、心優しい選手でしょう。チームメートの手が痛くならないよう、ヘルメットを投げ捨てました」と。真相は、当の選手に聞いてみなければわかりませんね。
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2006年06月20日

ルー・ゲーリッグ病と夢

 野球に詳しい人なら、あるいは映画『打撃王』を観たことのある人なら、昔の伝説的なメジャーリーガー、ルー・ゲーリッグは難病のために引退した、という事実を知っているだろう。その病は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)であったのだが、彼の名前をとって「ルー・ゲーリッグ病」という別名もある(映画の中では小児麻痺ということだったような記憶があるが、記憶間違いかもしれない)。ゲーリッグの連続試合出場記録は2130で終わった。この記録は後にリプケンに破られるが、いまだに歴代2位である。

 李啓充さんの「大リーグファン養成コラム」【週刊文春 2006年6月22日号】に、ゲーリッグの引退セレモニーのことが書かれてある。以下、長い引用になります。

 67年前、不治の病を宣告されたばかりのゲーリッグは、連続試合出場が途切れてから2ヶ月後にヤンキー・スタジアムで行われた引退セレモニーで、「自分は世界で一番幸運な男だと思っています」と挨拶に立った。ゲーリッグは、挨拶の最後を、「自分には、こんなにたくさん、生きて行く理由があるのです」と、愛する人、恩義を受けた人達の名前を列挙することで結んだが、死を覚悟したゲーリッグが訥々と語る言葉がどれだけ当時の人々を感動させたかをご理解いただくために、以下、名コラムニスト、シャーリー・ポービッチの記事から引用しよう。
「私は、今日、屈強な男たちがすすり泣くのを目撃した。無表情を装った審判員達が涙をこらえる一方で、ヤンキー・スタジアムを埋めた6万1千の観客の胸は激しく打ち、目は潤んだ。男らしさが売り物のカメラマン達でさえ、シャッターを押す指が震えていた」

 このスピーチは、今でもALSの患者達に大きな勇気を与えているという。実は、今週の李啓充さんのエッセイは、ゲーリッグが主人公ではない。時代も67年前ではなく、今年の5月のことである。スチュアート・ニコルス(53歳)と息子アンドルー(22歳)という大リーグファンの父子が、16年かかって全米の球場で試合を観戦するという旅をやり遂げた。1990年から毎年のように、休暇を利用して球場巡りをしていた。いつか全米の球場で試合を見ようという夢を持って、楽しい旅だったと思う。

 しかし、2004年に状況は一変した。父のスチュアートが、ALSと診断され、余命2〜5年と宣告されたのだ。それまで半分の球場を訪れていたが、スチュアートは、「生きている間に息子との夢を実現する」ことに人生をかけることとなる。旅のペースを速め、歩行器を使いながらも、ついに、5月2日、ダイアモンドバックスの本拠地、チェイス・フィールドで夢を叶えた。彼がこの5月2日を旅の最終日に選んだのは、同じ病でありながら、多くの人たちに力を与えたルー・ゲーリッグの連続出場試合記録が途切れた日だったからだった。彼の次の夢は「孫」と一緒に大リーグ全球場を回ることだという。

★李啓充(り・けいじゅう)
1954年、東京生まれ。
ハーバード大学医学部助教授の職を捨て、大リーグコラムニストに転身。
近著『市場原理が医療を亡ぼす』(医学書院刊)が好評発売中です。
===欄外より===
のり at 21:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 李啓充