李啓充さんの「大リーグファン養成コラム」【週刊文春】を読んでいると、いつも野球、特にアメリカのメジャーリーグへの愛情が、温かさとともに伝わってきた。
「ほら、こんな裏話があるんですよ。素敵な選手でしょう? 素敵なスポーツでしょう? こんな人生ドラマがあるんですよ。野球と社会がこんなに深くかかわっているんですよ。ファンもこんなにユニークなんですよ」………まだまだ書ききれないほどのメッセージが胸に投げ込まれてきた。野球好きなのに、近年日本のプロ野球に対して急速に興味を失った私にとって、とても楽しいコラムだったのだ。
そんな「大リーグファン養成コラム」が昨年の年末号で最終回を迎えてしまった。李さんによれば、野球レベルの日米差が縮まりつつあるのと対照的に、野球ライティングにおいてはまったく縮まる気配がないという。
かの国には、文学の中に明確に「野球文学」というジャンルすらあるそうだ。野球以外の分野で活躍する著名人が野球の名著を著す例が跡を絶たないと聞くだけでも、野球が文化の一部となっていることがうかがえる。
学者としても専門知識を駆使、野球というスポーツを「知的遊戯」の対象としたのが、イエール大学学長を務めたバート・ジアマッティだ。専門は、古典/比較文学だったが、ボール「パーク」の語源はパラダイスと同じとか、野球というゲームの「苦難を克服してホームに帰還する」という目的はギリシャ神話のオデッセイに通じるし、それが証拠に作者の名は「ホーマー」だとか、野球ファンを大いに楽しませた。
そういうの好きだなあ。ただ私は、日本には野球マンガがある、と言いたい気もする。知らない人から見ると、野球は単純で間延びしたスポーツだと思う。たとえば、投手と打者との心理的、技術的かけひきなど、目に見えない部分を教えてくれたのが「巨人の星」などの野球マンガだった。少なくとも、私が野球ファンになったきっかけを与えてくれた。
さて、話を戻して、また李さんの文章を引用させていただく。
実は、ハーバードの研究者だった私が野球を題材として物を書くようになったきっかけも、「アメリカの知識人もすなる野球ライティングといふものを、自分もしてみむ」と、浅はかにも思い立ったことにあった。ジアマッティの域に及ぶことは到底かなわないと承知しつつも、
「知的遊戯」としての野球コラムを書くことを目指して6年間頑張ってきたが、このコラムも今回が最終回である。ご愛読いただいた読者には心から感謝したい。
う〜ん、残念です(週刊文春で読みたいエッセイがどんどん減っていくので、購読をやめるかも……)。
それでも「大リーグファン養成コラム」は、まさにそのタイトル通り、日本に多くの大リーグファンを生み出したと思う。若かりし頃、野球を題材として何か書きたいと夢見たことを思い出したりもした。
李啓充さんお疲れさまでした。レッドソックスファンではないけれど、李さんの著書『怪物と赤い靴下』(扶桑社)を読んでみるつもりです。ある書評によれば、特に「レッドソックスとジミー基金」が秀逸だと。
拙ブログでも紹介したことありましたね。
(http://rabbit050314.seesaa.net/article/23058589.html)
