2009年07月18日

行き来するメール仲良く五七五

「家でめし 言ってでたけど 遅くなる」

 椎名誠さんちの夫婦間のメールは簡潔で、五・七・五スタイルになっているそうだ。「風まかせ 赤マント」【週刊文春2009年7月23日号】に、書いてある。

 冒頭のは椎名さんが「今日は家でゴハンを食べると言って出たけれど打ち合わせのあと飲みにいくのでめしを食って帰る。したがって遅くなる」ということを伝えるためのメール本文だ。これだけでちゃんと意味が通じている。件名は適当に『夕立に』などとつけるらしい。そこは御愛嬌。

 妻からの返事「せっかくの トロかつおなり 明日はなし」、件名『絶品』。すごいな、この夫婦。いいな、この夫婦。

 椎名さんは妄想する。会社の会議での発言も五・七・五スタイルにしたらと。


「お手元の 書類の五ページ 見てください」

「問題は このものすごい 売り上げ減」

「ああひどい 目もあてられない 前年対比」

「明日にでも 工場閉鎖 賃金カット」

「原因は 能無し社長の KY経営」

「この会議 なんで社長は 出てこない」

「注文の スーツの仮縫い 英國屋」

「もうだめだ 二代目社長と 共倒れ」

「この危機を わたしゃ何度も 言いました」

「言うだけで 何もしなけりゃ 同じこと」

「そういうが あんたはほんとの 何も専務」

「字余りが あまりにひどい バカ会議」

「殴るなら みんなでいこう 社長室」


 ひゃひゃひゃ、最後の方はラップを聞いているような錯覚が…。調子が良すぎて、中身がどんどんからっぽになっていく。

 五・七・五というのはどうしてこうも日本人の感覚にフィットするんだろう。読みながら心でリズムをとってしまう。

 でもいざ自分で作ろうとすると気のきいた言葉が出てこない。悲しい。俳句や川柳を作りたいのに作れない。悔しいなあ。

 こんなことしか浮かばない。
「五七五 短いくせに 手に余る」

 ………。
のり at 00:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 椎名誠

2007年12月09日

いいたいことが言葉の中にないの


「だいじょうぶ! すぐまた『青』になるから」は、信号が赤になってイライラしていた父親に二歳になる息子が言ったひとこと。


 手帳で有名な高橋書店が主催している「手帳大賞」。日常生活の中で思わず口にした言葉で、心に響くものなどが選ばれているらしい。応募は毎回二万通近くあるそうだ。

 椎名誠さんが、ここ3年間で上位に入ったものから、気にいった20個ほどを「風まかせ赤マント」【週刊文春 2007年12月13日号】で紹介している。

 私から見ると、素直に感心できず、わざとらしいなぁ、と思うものもいくつかあるけれど、きっとそれは私の心根の問題でしょう。もちろんストレートに受け入れられるものもある。冒頭であげた二歳のひとこともそのひとつ。大人の気負いがふっと緩められたことでしょう。他に笑ったものと、心に響いたものを少し並べてみたい。


「みんなを守る勉強をしとるんや」
というのは、ウルトラマンのビデオばかり見ている四歳になる息子に「テレビばかり見ているとバカになるで。少しは勉強せなあかん」と怒った父親に答えたひとこと。


 そうだ、地球を守るんだ!


「この子の顔にはこの鼻があっている」
思春期を迎えて自分の低い鼻にコンプレックスを持っていた頃に母方の祖父が言った言葉だという。以来この娘は自分の顔、鼻が好きになっていったらしい。


 救いのひとこと。


 「いいたいことが言葉のなかにないの」
と言ったのは三歳の幼児だという。


 本当に、三歳児のことば? 私の悩みと同じなんですけど。
のり at 23:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 椎名誠

2007年11月18日

まだ食べられる

 先日の「赤福」による賞味期限の偽装問題を知ったとき、「へ〜、冷凍解凍してもお客さんには気づかれないものなんだぁ」と思った。人の味覚はあてにならないなあ、と。

 でも食べた人たちが美味しいと思い、健康被害もなかった、ということは、結局賞味期限とはなんだろうということになる。「ウソはいけません」というのは当たり前すぎることなので、それはそれとして……。

 椎名誠さんもその件について、「風まかせ赤マント」【週刊文春 2007年11月22日号】に、なるほどと思うようなことを書いている。


 もったいない、という気持ちがまず最初にあったんじゃないだろうか。それは分かるような気がする。

 だって一生懸命作った餅がまだ十分食べられる状態でまわりにいっぱいあるんですぜ。

 食べられる餅だらけの環境に立ったら普通の人は「もったいない」と考えるでしょう。それにまた餅ほど冷凍と解凍に適したものはないしなあ。冷凍したのをもどいたのを別規格で安く売る、という発想をその当初からしていたら、と思うけれど。今だから言えるコトなのだろうなあ。


 餅は冷凍解凍に適しているんですね。ああ、そういえば、お正月用のお餅が食べきれないときは、冷凍しておくと何ヶ月後でも美味しく食べられる。

 正直に表示し、あとは味で勝負すれば良かったのに。
のり at 14:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 椎名誠

2007年10月21日

じゃがいものような人

 椎名誠さんが「風まかせ赤マント」【週刊文春 2007年10月25日号】で、花に花ことばがあるなら、野菜にも野菜ことばをあげたいと書いている。

 たとえばタマネギは、安いにもかかわらずどんな料理にも使えるので、「従順、万能、つくす心、ひたむき、質素、永久のやさしさ」など。だいこんは、「おおらか、寛容、庶民的、世話好き、…」といった具合に、おなじみの野菜たちに野菜ことばを考えている。言われればそんな感じもしないでもないものばかりだ。

 ところが、じゃがいもが「朴訥、無骨、無口、耐える力、不屈の精神」となっているのを見て、これってちょっとどうかしら、と思った。確かに「じゃがいものような人」といったら、見た目は良くないけれど、素朴で芯が強い人のようなイメージを浮かべてしまう。でも、それはじゃがいもイコール無骨などと思い込まされているだけじゃあないのかしらん。

 先入観を取り払ってじゃがいもを見つめてみると、本当にどんな味付けにも合うし、どんな形になっても(つぶされても)自分を見失わないで、それでいてちゃんと周りと調和している。ある意味大人の野菜に思えてくる。見た目だって悪くない。そこで私からは、じゃがいもに「温厚、調和、万能、親しみ」を与えたい。

 なぜこんなにじゃがいもにこだわるのかっですって? 
ええ、ええ、じゃがいもが好きなんです。
のり at 22:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 椎名誠

2007年06月28日

つまり…

 昔、「要するに」が口癖の友人が居た。ところがその後に続く内容がちっともまとめにも結論にもなっていなかった。気をつけてみると、「だから」とか「結局」とかをやたら連発する人に限って、話がだらだらと続く傾向にある。

 椎名誠さんの「風まかせ赤マント」【週刊文春 2007年7月5日号】にも似たようなエピソードがある。


「つまり」は男がよく使う言葉で、これを言うとなにか妙に賢く聞こえたりするが、ぜんぜん「つまり」を言う必要がなかったりすることが多い。
「彼の言っていることはつまり基本のところで間違っているんだよ。つまりその話のおおもとのところが問題なんだな。つまり……」で、全然話が進まなかったりする。


 つまり、要するに、結局、えーと、えーと、言いたいことは、つまりそういうことなのだ。
のり at 19:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 椎名誠