20代の終わり頃、お腹の調子が悪くて受診したところ、「過敏性腸症候群疑い」と診断された。過敏性腸症候群(以下IBS)の症状は、小腸や大腸にこれといった疾患が無いのにもかかわらず、下痢や便秘を繰り返したりする。
「疑い」とついていたのは、まだ断定はできないけれどその可能性が高いですよ、ということだったと思う。原因はたぶん仕事上のストレスだったので、少しお休みをいただいた。
【週刊文春 2007年10月11日号】の「病院情報ファイル」によると、この病気、症状は珍しいものではなく、特に若い人に多く(有病率は二十歳代で26%、三十歳代で17%)、成人全般では10人に1人が該当するそうだ。しかし、ほとんどの人が体質的なものと思い、受診しないとのこと。
今はIBS専用の治療薬(紙オムツなどにも使われている高分子重合体が腸内で水分バランスをコントロールして便の固さをほどよく保つ)も開発され、他の整腸剤などと併用することによって、4週間から8週間で快便感が得られるそうなので、心あたりのある方はあきらめないで受診してみたらいかがでしょう。
もちろん治療は、症状によって、クスリだけでなく、生活指導、心理療法なども含まれる。興味深いのは、鳥居院長(鳥居内科クリニック)のアドバイスだ。
「生活指導には、なかなか実行しにくい項目が並びますが、優先してやっていただきたいのは運動。お勧めなのは一日三十分ほどのウオーキングです。私たちは基本的に運動不足ですし、外を歩いて頭をリフレッシュすることも重要なのです」
ウォーキングって、こんな症状にまで効果があるのかぁ。
さぁて、散歩にでも出かけよっかっな〜!! 歩数計も買っちゃったし…。
2007年10月08日
2007年05月28日
皮膚科を受診
少し前から右目の横あたりに出来た赤いブツブツ(発疹)が気になっていたけれど、虫刺されかな、くらいに思っていました。
でも5月25日になってから、何もしないのに右側の頭皮がピリピリと痛むことに気づき、ハッとしたのです。帯状疱疹(たいじょうほうしん)かも・・。身内や近所で帯状疱疹になったことのある人が何人も居て、「皮膚がピリピリと痛い。赤い発疹」という体験談を覚えていたからです。
以下はその顛末です。
25日(金)、ドクターは、帯状疱疹の疑いはあるものの、まだブツブツが2つだけ(頭皮は綺麗)なので、28日(月)に再診して(病院は土日が休み)、もし拡がっているようなら抗ウィルス剤で治療しましょう、とのこと。
早期治療が効果的と聞いているのでちょっと不安だったけれど、2種類の薬が処方された。「メチコバール剤」(末梢神経障害を改善するビタミンB12製剤)と「コンベック軟膏」(炎症を抑える塗り薬)。
入浴やシャンプーは構わない(むしろ温めると痛みが緩和される)が、それ以外は静かにしているように、くれぐれも激しい仕事などはしないようにと念を押されて病院をあとにした。
院外処方なので薬局に寄ると、薬剤師さんが薬を渡しながら「目の奥に痛みがあったり、悪化したら早く病院で診てもらったほうが良いですよ」と忠告してくれて、ますます不安に。
ネットで調べてみると、帯状疱疹が顔に出た場合、ひどいケースでは”顔面神経麻痺”、”眼球に傷がつき失明”などと恐い言葉が並んでいる。カサブタの跡もなかなか消えないらしいので、場所が場所だけに憂鬱になってくる。お岩さんみたいな顔が浮んできた。
この週末はとにかく何も考えずに静かにしよう。これで正々堂々とごろごろしていられるぞ。
26日(土)、起床するなり手鏡をのぞき、ブツブツが増えていないことを確認しほっとする。痛みもいくぶん和らいできたような気も…。
パソコンをいじったり、テレビを見て過ごし、午後、いつのまにか昼寝。ただし目覚めると強めの偏頭痛(右側)を感じた。暑い中昼寝したせいか、皮膚のせいかわからない。
27日(日)、ブツブツがかさぶた状になってきたよう。ただし1つは押すとまだ痛い。頭皮の痛みが弱まったものの、こんどは右耳付近がピリピリするような鬱陶しさと軽い頭痛。
思い出してみると、今までも過労や心労が重なったとき、顔半分が痛くなることがあった。ただ今回のようなブツブツは出なかった。いずれにしても私の顔の神経は、ストレスに弱いみたいだ。
28日(月)、ブツブツは小さくなり、押しても痛くないが、右耳を中心としたヒリヒリ(ピリピリほどではない)感がある。右耳たぶは少しひっぱるだけでも痛い。左耳は痛くない。
ドクターは、「帯状疱疹ではなさそうですね。でも痛みが残っているようですから、このまえと同じ薬を一週間分出しておきましょう。ただ帯状疱疹の場合、十日前くらいからヒリヒリすることもあるので、水ぶくれが出たらすぐに来てください」と。
帯状疱疹の疑いが100パーセント消えたわけではないらしいけれど、とりあえずほっとした。でも帯状疱疹でないとしたら、この痛い症状に病名はつかないのかしらん。聞き忘れてしまった。
でも5月25日になってから、何もしないのに右側の頭皮がピリピリと痛むことに気づき、ハッとしたのです。帯状疱疹(たいじょうほうしん)かも・・。身内や近所で帯状疱疹になったことのある人が何人も居て、「皮膚がピリピリと痛い。赤い発疹」という体験談を覚えていたからです。
以下はその顛末です。
25日(金)、ドクターは、帯状疱疹の疑いはあるものの、まだブツブツが2つだけ(頭皮は綺麗)なので、28日(月)に再診して(病院は土日が休み)、もし拡がっているようなら抗ウィルス剤で治療しましょう、とのこと。
早期治療が効果的と聞いているのでちょっと不安だったけれど、2種類の薬が処方された。「メチコバール剤」(末梢神経障害を改善するビタミンB12製剤)と「コンベック軟膏」(炎症を抑える塗り薬)。
入浴やシャンプーは構わない(むしろ温めると痛みが緩和される)が、それ以外は静かにしているように、くれぐれも激しい仕事などはしないようにと念を押されて病院をあとにした。
院外処方なので薬局に寄ると、薬剤師さんが薬を渡しながら「目の奥に痛みがあったり、悪化したら早く病院で診てもらったほうが良いですよ」と忠告してくれて、ますます不安に。
ネットで調べてみると、帯状疱疹が顔に出た場合、ひどいケースでは”顔面神経麻痺”、”眼球に傷がつき失明”などと恐い言葉が並んでいる。カサブタの跡もなかなか消えないらしいので、場所が場所だけに憂鬱になってくる。お岩さんみたいな顔が浮んできた。
そもそも帯状疱疹とは、子供の頃かかった水疱瘡(みずぼうそう)のウイルスが体内に残って、高齢、病気、過労、ストレスなどで免疫力が低下したときに発症する病気らしいです。
この週末はとにかく何も考えずに静かにしよう。これで正々堂々とごろごろしていられるぞ。
26日(土)、起床するなり手鏡をのぞき、ブツブツが増えていないことを確認しほっとする。痛みもいくぶん和らいできたような気も…。
パソコンをいじったり、テレビを見て過ごし、午後、いつのまにか昼寝。ただし目覚めると強めの偏頭痛(右側)を感じた。暑い中昼寝したせいか、皮膚のせいかわからない。
27日(日)、ブツブツがかさぶた状になってきたよう。ただし1つは押すとまだ痛い。頭皮の痛みが弱まったものの、こんどは右耳付近がピリピリするような鬱陶しさと軽い頭痛。
思い出してみると、今までも過労や心労が重なったとき、顔半分が痛くなることがあった。ただ今回のようなブツブツは出なかった。いずれにしても私の顔の神経は、ストレスに弱いみたいだ。
28日(月)、ブツブツは小さくなり、押しても痛くないが、右耳を中心としたヒリヒリ(ピリピリほどではない)感がある。右耳たぶは少しひっぱるだけでも痛い。左耳は痛くない。
ドクターは、「帯状疱疹ではなさそうですね。でも痛みが残っているようですから、このまえと同じ薬を一週間分出しておきましょう。ただ帯状疱疹の場合、十日前くらいからヒリヒリすることもあるので、水ぶくれが出たらすぐに来てください」と。
帯状疱疹の疑いが100パーセント消えたわけではないらしいけれど、とりあえずほっとした。でも帯状疱疹でないとしたら、この痛い症状に病名はつかないのかしらん。聞き忘れてしまった。
2005年10月03日
夜、脂肪を取り込む身体
「夜遅くに食べると太る」ということを科学的に研究してみると、キーワードは「BMAL1」というものにあるらしい。これは体内時計を調整する細胞内のたんぱく質で、脂肪の蓄積に深くかかわっているそうだ。【週刊文春 10月6日号 P.57】に日本大学薬学部の榛葉繁紀(しんばしげき)講師らの論文のことが、書かれていた。まだマウス実験の段階だそうだが。
寝る前に食べると太るのは、寝ているとエネルギーを使わないからという単純な理由だと思っていた。エネルギーを使わないばかりでなく、夜は身体が脂肪を取り込もうとしているなんて…そこで食べれば太るわけだ。
では実際どうしたらよいのかと言えば、やはり早寝早起きで規則正しい生活。よく耳にする言葉ですよね。で、夕食は早ければ早いほど良いとのこと。簡単そうだけれど、仕事や生活スタイルによってはなかなか実行できることではない。
…とあるので、深夜に夜食の習慣がある人は、これを忘れないでいて、自分に言い聞かせ、せめて十時過ぎには食べないようにしてみたらどうだろう。ちなみに私は夜食を食べないが太る。どうも原因は別のところらしい。
BMAL1は遺伝子上のさまざまな『スイッチ』をオン、オフする働きがあります。昼に使ったエネルギーを蓄えるべく、夜になると脂肪を取り込む指令を出しているのです。
寝る前に食べると太るのは、寝ているとエネルギーを使わないからという単純な理由だと思っていた。エネルギーを使わないばかりでなく、夜は身体が脂肪を取り込もうとしているなんて…そこで食べれば太るわけだ。
では実際どうしたらよいのかと言えば、やはり早寝早起きで規則正しい生活。よく耳にする言葉ですよね。で、夕食は早ければ早いほど良いとのこと。簡単そうだけれど、仕事や生活スタイルによってはなかなか実行できることではない。
このたんぱく質は脂肪組織に大量に含まれ、午後三時ごろに少なく、午後十時から午前二時に最大となる。
…とあるので、深夜に夜食の習慣がある人は、これを忘れないでいて、自分に言い聞かせ、せめて十時過ぎには食べないようにしてみたらどうだろう。ちなみに私は夜食を食べないが太る。どうも原因は別のところらしい。
2005年07月08日
心療内科で治る腰痛
たいぶ以前のことだが、作家の夏樹静子さんが激しい腰痛に苦しんだという話をテレビで聞いた。その腰痛が心因性のものだったと知り、私には悪夢のような日々が思い出された。
それは10数年前の梅雨入り宣言がされた朝、ふとんから起きられなくなってしまったのだ。痛さとだるさで身体を起こすことができない。肩から背中、腰、膝まで身体の後ろ側すべてがだるく、苦しくいたたまれない。
その日からまるで底無し沼にはまってしまったかのような毎日が始まる。5分と同じ姿勢でいられない。茶の間に座っていられず屈んで猫のように背を丸めてみたりひっきりなしにモゾモゾモゾモゾしていた。食欲が無い、眠れない、極度の便秘と体調は悪化するばかりで、ますます苦しみは深まる。
四六時中押し寄せる苦痛で気力もなくなり、本も3行と読めない。文字を書くことは嫌いではなかったのに名前を書くことすら嫌になる。口を聞くことも最小限になり、笑顔も消え周りを心配させる。申し訳ないという思いがフィードバックされて自己嫌悪が強くなっていき、ますます気がめいるという悪循環にはまった。
うつぶせになって、母が身体をマッサージしてくれているうちに、背中の苦しさは軽くなったものの、腰と膝裏あたりはなんら変化がみられない。家に居る時はほとんど横になっていた。それでもラクではないのだがそれ以外方法がなかった。
病院の廊下の椅子に座ることすら恐ろしかったが、仕方なくあちこち通った。整形外科ではレントゲンを撮り、骨に異常はないと言われ、湿布薬と腰痛体操の説明書を渡された。歯の噛み合わせから身体がゆがむことがあると聞き、歯医者にも行った。強度の近視なのでコンタクトレンズが合わないのかもと眼科にも行った。婦人科にまで行ったが、何一つ解決しない。
80歳のお年寄りより自分のほうがよほど老化しているように感じた。体力も気力ももう振り絞っても出てこない気がした。他の人たちは何故ラクそうにスタスタと歩けるのだろう。なんの苦痛もなく立っておしゃべりしている人たちが不思議に見えた。この先ずっとこのままで一生を終えるのかと暗澹たる思いだった。
悪夢のような日々が半年ほど続いたある日、母がマッサージをしながら「精神科にでも行ってみたらどう?」とつぶやいた。そう言われても、私は体調が悪いから気分が落ち込んでいるのだとしか思えなかったから、本末転倒な話に聞こえ、「う〜ん」という生返事しかしなかった。
が、思い起こすと、その言葉で、自分の身体の痛みを別の角度から見るようになった気がする。もちろん心のせいで痛いのだとは思わなかったけど、もうこれ以上悪くなることはないのだから、せめて心だけでも元気なふりをしようとし始めた。
底無し沼だとばかり思っていたのに底に足が着いたのを確かに感じたのだ。その底をトンっと蹴ってみた。今までは蹴ることは出来ないとあきらめていたのだ。ゆっくりだけど、本当にゆっくりだけど水面に向かって上昇しはじめた。抽象的な表現だが、そうとしか言い表せないのだ。確かに心の中で「エイッ!」という掛け声が聞こえたのだ。そしてそこから腰痛も緩やかな、本当に緩やかな回復を始めたのだった。
結局原因も、治った理由もはっきりしないまま月日が経ち、あるとき「ストレス性腰痛」という言葉を目にした。そういう症状があるのかと、あの腰痛の謎が解けたような気がしたものだ。と同時に、あのころそれが医学的に広まっていれば、整形外科の医師から的確なアドバイスや薬があったかもしれないと悔しかった。それでも私の場合は自力で治ったのだから、まだまだ軽いほうだと思うし、本当にストレス性腰痛だったかどうかも素人判断にすぎない。
長々と自分の体験を書いてしまったが、【週刊文春 7月14日号 P.48】に「『腰痛』まずはストレス封じから」という4ページに渡る特集を読んで、まだまだ心因性の腰痛に対する認知が、一般人はもちろん整形外科医にも行き渡っているとは言えないことを知った。知らないために苦しんでいる人たちがいるかと思うと残念だ。
原因不明の腰痛の中に、心因性のものが相当数含まれているそうだ。抗うつ剤を処方したところ、さんざん苦しめられた腰痛がウソのように治ったという例も珍しくないという。また痛みというのは不思議なもので、
骨に異常があるから痛くて、無いから痛くないという単純なものではないのだという。福島県立医科大学医学部の菊地臣一教授(整形外科)は、『腰痛をめぐる常識の嘘』などで、こういった”腰痛概念の革命”を訴えつづけているそうだ。
冒頭で書いた夏樹静子さんは、3年間も病院から民間療法までありとあらゆる治療法を彷徨い続けても治らず、結局心療内科で救われている。『腰痛放浪記椅子がこわい』
それは10数年前の梅雨入り宣言がされた朝、ふとんから起きられなくなってしまったのだ。痛さとだるさで身体を起こすことができない。肩から背中、腰、膝まで身体の後ろ側すべてがだるく、苦しくいたたまれない。
その日からまるで底無し沼にはまってしまったかのような毎日が始まる。5分と同じ姿勢でいられない。茶の間に座っていられず屈んで猫のように背を丸めてみたりひっきりなしにモゾモゾモゾモゾしていた。食欲が無い、眠れない、極度の便秘と体調は悪化するばかりで、ますます苦しみは深まる。
四六時中押し寄せる苦痛で気力もなくなり、本も3行と読めない。文字を書くことは嫌いではなかったのに名前を書くことすら嫌になる。口を聞くことも最小限になり、笑顔も消え周りを心配させる。申し訳ないという思いがフィードバックされて自己嫌悪が強くなっていき、ますます気がめいるという悪循環にはまった。
うつぶせになって、母が身体をマッサージしてくれているうちに、背中の苦しさは軽くなったものの、腰と膝裏あたりはなんら変化がみられない。家に居る時はほとんど横になっていた。それでもラクではないのだがそれ以外方法がなかった。
病院の廊下の椅子に座ることすら恐ろしかったが、仕方なくあちこち通った。整形外科ではレントゲンを撮り、骨に異常はないと言われ、湿布薬と腰痛体操の説明書を渡された。歯の噛み合わせから身体がゆがむことがあると聞き、歯医者にも行った。強度の近視なのでコンタクトレンズが合わないのかもと眼科にも行った。婦人科にまで行ったが、何一つ解決しない。
80歳のお年寄りより自分のほうがよほど老化しているように感じた。体力も気力ももう振り絞っても出てこない気がした。他の人たちは何故ラクそうにスタスタと歩けるのだろう。なんの苦痛もなく立っておしゃべりしている人たちが不思議に見えた。この先ずっとこのままで一生を終えるのかと暗澹たる思いだった。
悪夢のような日々が半年ほど続いたある日、母がマッサージをしながら「精神科にでも行ってみたらどう?」とつぶやいた。そう言われても、私は体調が悪いから気分が落ち込んでいるのだとしか思えなかったから、本末転倒な話に聞こえ、「う〜ん」という生返事しかしなかった。
が、思い起こすと、その言葉で、自分の身体の痛みを別の角度から見るようになった気がする。もちろん心のせいで痛いのだとは思わなかったけど、もうこれ以上悪くなることはないのだから、せめて心だけでも元気なふりをしようとし始めた。
底無し沼だとばかり思っていたのに底に足が着いたのを確かに感じたのだ。その底をトンっと蹴ってみた。今までは蹴ることは出来ないとあきらめていたのだ。ゆっくりだけど、本当にゆっくりだけど水面に向かって上昇しはじめた。抽象的な表現だが、そうとしか言い表せないのだ。確かに心の中で「エイッ!」という掛け声が聞こえたのだ。そしてそこから腰痛も緩やかな、本当に緩やかな回復を始めたのだった。
結局原因も、治った理由もはっきりしないまま月日が経ち、あるとき「ストレス性腰痛」という言葉を目にした。そういう症状があるのかと、あの腰痛の謎が解けたような気がしたものだ。と同時に、あのころそれが医学的に広まっていれば、整形外科の医師から的確なアドバイスや薬があったかもしれないと悔しかった。それでも私の場合は自力で治ったのだから、まだまだ軽いほうだと思うし、本当にストレス性腰痛だったかどうかも素人判断にすぎない。
長々と自分の体験を書いてしまったが、【週刊文春 7月14日号 P.48】に「『腰痛』まずはストレス封じから」という4ページに渡る特集を読んで、まだまだ心因性の腰痛に対する認知が、一般人はもちろん整形外科医にも行き渡っているとは言えないことを知った。知らないために苦しんでいる人たちがいるかと思うと残念だ。
原因不明の腰痛の中に、心因性のものが相当数含まれているそうだ。抗うつ剤を処方したところ、さんざん苦しめられた腰痛がウソのように治ったという例も珍しくないという。また痛みというのは不思議なもので、
椎間板ヘルニアと診断されて手術を受けたのだが、その後も痛みが取れない、という例が珍しくない。その逆に、画像を見る限りでは椎間板ヘルニアだが、本人はぜんぜん腰痛を感じない、というケースも多い。という。
骨に異常があるから痛くて、無いから痛くないという単純なものではないのだという。福島県立医科大学医学部の菊地臣一教授(整形外科)は、『腰痛をめぐる常識の嘘』などで、こういった”腰痛概念の革命”を訴えつづけているそうだ。
冒頭で書いた夏樹静子さんは、3年間も病院から民間療法までありとあらゆる治療法を彷徨い続けても治らず、結局心療内科で救われている。『腰痛放浪記椅子がこわい』
2005年04月15日
若者のもの忘れ
冷蔵庫を開けて、自分は何を取りに来たのかと思い出せない。よく知っているタレントの名前を度忘れする。さっきまで手にしていたものをどこかに置き忘れる。頻繁にこういうことがあると、自分の脳はいったいどうなっているのだろうと心配になる。
こんな私なので、「病院情報ファイル2005」【週刊文春 4月21日号】という記事にショックを受け、紹介したくなった。ものを忘れる若者が1990年代から急増しているというのだ。第三北品川病院の築山節理事長のこの話は、ギョッとさせれらる。
ある期間腕にギプスなどをして筋肉を使わないと、筋肉が落ちて腕が思うように動かなくなっている。脳にも同じ事がいえる。偏った脳の使い方をしていることが原因で、深刻なもの忘れが起こるという。
もし若年性健忘症になっても、医師と対話を重ね、生活スタイルのアドバイスを受けていくなどの治療によって、大部分は3ヶ月ほどでよくなるそうだ。
正直私はもう若者ではないので、直接は関係ない話なのだが、実際「頭をバランス良く使う」ということは年齢に関係なく必要なことだろう。そういえば、私もつい面倒なことは考えないで、楽な方へ方へと生きているかもしれない。
このままだと、ますます脳は衰えていってしまう。いろいろ挑戦したり、失敗したりして頭を使っていこうと、慌てて決心した。今からでも遅くないことを祈りながら。
※ 補足と関連記事を書きました → 「もの忘れを防ぐ秘策」
こんな私なので、「病院情報ファイル2005」【週刊文春 4月21日号】という記事にショックを受け、紹介したくなった。ものを忘れる若者が1990年代から急増しているというのだ。第三北品川病院の築山節理事長のこの話は、ギョッとさせれらる。
「20代、30代で、脳梗塞などの病気がないにもかかわらず、深刻なもの忘れのため社会生活に支障をきたす状態を若年性健忘症と呼んでいます。これは正式な診断名ではありませんが、名前を必要とするほど同じような症状を呈する人が多いということです」
ある期間腕にギプスなどをして筋肉を使わないと、筋肉が落ちて腕が思うように動かなくなっている。脳にも同じ事がいえる。偏った脳の使い方をしていることが原因で、深刻なもの忘れが起こるという。
もし若年性健忘症になっても、医師と対話を重ね、生活スタイルのアドバイスを受けていくなどの治療によって、大部分は3ヶ月ほどでよくなるそうだ。
正直私はもう若者ではないので、直接は関係ない話なのだが、実際「頭をバランス良く使う」ということは年齢に関係なく必要なことだろう。そういえば、私もつい面倒なことは考えないで、楽な方へ方へと生きているかもしれない。
このままだと、ますます脳は衰えていってしまう。いろいろ挑戦したり、失敗したりして頭を使っていこうと、慌てて決心した。今からでも遅くないことを祈りながら。
※ 補足と関連記事を書きました → 「もの忘れを防ぐ秘策」
