2007年09月29日

努力しても…

 林真理子さんの「夜ふけのなわとび」【週刊文春 2007年10月4日号】に、気になる一節があった。林さんは、いつも若さと美を追求し全力で努力している。正直、同世代の私から見ると、よくそこまで「美」にこだわれるものだと、半ば感心し半ば呆れている。それでも林さんの努力は、それなりの結果をもたらしているものだとばかり思っていた。ところが−。


 この頃の私はちょっとめげている。珍しく二回たて続けにテレビに出演したところ、ものすごく老けて太って映っていた。いやあれが真実の姿なのであろうが、それにしてもひど過ぎる。このところ女性誌にやたら出て、
「女は努力することが大切です」
「いくつになっても、美しさを追い求めなければならない」
 などと、エラそうなことを言っていた自分が本当に恥ずかしい。このストレスでまたつい食べてしまったではないか。


 また私の努力しない理由が増えてしまった。
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2007年05月19日

まるで拡大鏡

 大型で高画質のテレビ画面には、見られたくないものまで映し出されてしまうらしい。

 林真理子さんが46インチの液晶テレビを買って、「夜ふけのなわとび」【週刊文春 2007年5月24日号】に、感想を書いている。「拡大鏡のように映っている人の毛穴まで見える」のだそうだ。


 なんだか魔法の眼鏡を手に入れたよう。今まで見えなかったものがはっきり見えてきて、つい意地悪な気分で、チャンネルをまわしてしまうのだ。


 美人キャスターや女優さんでさえも、中年になると顔のアップでいろいろと見えてしまい、シロウトにいたっては目も当てられないという。林さんはこんな画面で見られるのならもうテレビに出たくないと思ったそうだ。

 林さんがNHKのスポットCMに出演したときも、スタッフの工夫があったとか。


 ものすごい強いライトの光とレフ板を使い、顔をぼやかしてくれている。頬づえをついているので、顔半分も見えない仕掛け。うちの夫も、
「うまく誤魔化してるなあ」
 と感心していたものだ。


 このまえ練習にと(携帯電話の)カメラで自分を撮ったところ、ものすごくガッカリしてしまった。鮮明な画像ではないのに、そこには現実が写っていたのだ。まあ仕方ない。

 それでも明るさや距離、場所などを変えているうちに、偶然に気に入った一枚が撮れた。メールで友人へ送ると「可愛く撮れてるね」と返事をくれた。もちろん「実物よりも…」という言葉を呑み込んでくれている。

 プロのスタッフが誤魔化してくれない、シロウトの私が得た教訓はひとつ、”顔写真は、低画質カメラで薄暗い所で撮るに限る”。
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2006年05月22日

”こぎれい”で充分

 歯医者で治療し、鏡を見たら、顔が曲がっていた。つい先週のことだ。もともと口が曲がっている私だが、そんなレベルではなく、キュッと閉じたときに下唇と上唇がずれてうまく合わさらない。笑顔を作ろうとしても引きつったようにしかならない。麻酔のせいで唇が腫れぼったく感じるようなことはあっても、これほど見た目が悲惨なのは初めてで、ギョッとした。

 その何日か後、林真理子さんの「夜ふけのなわとび」【週刊文春 2006年5月25日号】にちょうど同じ体験が書かれてあったので、苦笑してしまった。歯医者の帰りに、電車内で目の前に座っている女性が不思議そうな顔で、林さんの顔をジロジロと見る。

 駅で鏡を見て、ヒエーっと叫んだ。歯ぐきに麻酔をしていたことをすっかり忘れていたのだ。麻酔は完全に抜けきらず、私の唇は斜めになりピカソ化していたのである。

 同じだ。そうそうピカソの絵のように、口が変な向きになっているのだ。ところで私が言うのもおこがましいが、林さんは、昔に比べてずいぶん洗練されたと思う。そう、もう20年も前だろうか、30歳ちょとくらいの生の林さんを見たことがある。小さな会場での講演会だったので、かなり近くで話が聴けた。地味な紺色で、身体のラインが出ないようなゆるっとした感じの服を着ていてたように記憶している。見た目から受ける印象は、失礼ながら”鈍い”ものだった。もちろん頭の回転や話しっぷりは”鋭い”のだが―。

 それが、今では女性誌で「林真理子さんキレイの秘密」という16ページに渡る特集が組まれるほど、”中年になってから綺麗になった人”として、注目を浴びているらしい。林さんにしてみれば、若い頃悪口を書かれていたのに、今こうやって脚光を浴びているということがとても嬉しい。女性誌のインタビューや対談などでスケジュールがいっぱいになっている。

 ところが、「キレイ」と賞賛を浴びることは、綺麗でいなくてはいけないというプレッシャーにもなっていく。自分が美しく見られることに神経質になっているようだ。

 おとといもある女性誌のインタビュー写真を見て怒る私。
「何よ、これ。これじゃあ、タダの小綺麗なおばさんじゃないの」
 傍にいたハタケヤマが、びっくりした声を出す。
「ハヤシさん、小綺麗なおばさんで何がいけないんですか? これ以上何を望むんですか?」
 ますます腹を立てる私。
「あのね、私が望んでいるのはこんなもんじゃないのよッ。グラビア十六ページ、キレイの秘密に迫られてる私が、こんな写真じゃ困るのよッ」

 ”こぎれい”って言葉、好きだなあ。”こざっぱり”というのも好き。こざっぱりとした部屋でこぎれいな格好で暮らすなんて、粋だわ〜。でも、今の林さんは、美しく見られることにとらわれ過ぎているのかも、と思いながら読んでいたところ、先ほどのピカソの顔の話になっていた。

 こんな顔を見られて、もう何の怖いことがあろうか。くっくっとひとりで笑ってしまった。女もこのトシになるとホントにいろいろ大変です。

 なんか、吹っ切れたならいいですけど…。それにしても、秘書のハタケヤマさんて、林さんにとって、手離してはいけないありがたい存在の人ですね。
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2006年02月08日

老眼と浮き上がる絵

 見ているだけで、どんどん目が良くなるという本がある。写真を立体的に見るのだが、これがコツをつかむといろいろな画像が浮かび上がってきて楽しい。一見平面の模様が、そこに想像もしないような文字や柄が漂ってきたりもする。一時その本に夢中になって、幻想的なデザインに「すごい、すごい」を連発していたけれど、最近はすっかり忘れていた。

 「夜ふけのなわとび」【週刊文春 2月16日号】によれば、林真理子さんは、最近老眼に悩まされている。老眼鏡も作ったけれど、違和感があるようだ。できるだけ目に良いことを試している。その1つが先ほどの立体的に絵を見る本だった。

 この絵の浮き上がり方は感動的で、寄り目をして絵を見つめていると、突然出現する。こんなことがあろうかと思うほど美しい世界が拡がっていくのである。
「ヒエー、すごい、すごい」
 と大騒ぎしてすっかりはまってしまった。

 やっぱり「すごい、すごい!」としか言いようが無いんですよね。林さんは、ブルーベリーも毎日飲んでいる。同じ、同じ、私も飲んでいる。先日も書いた通り、私は林さんより1つ下なだけだ。(近眼のせいか)まだ老眼鏡は不要だが、老眼は始まっている。これは年齢で仕方ないと思っていたら、もっと先輩でも老眼になっていない人もいるそうだ。

 このところ列車に乗って何をするかというと、遠い景色を眺める。そして自分の掌を見つめる。こういうことを繰り返す。
 夫が教えてくれた。知り合いに六十五歳で、全く老眼のきざしがない人がいる。その人は車が停まる時、信号と、自分の鼻をかわるがわる見るというのを習慣にしているそうだ。
「近くと遠くを見るのがいいんだよ」
 それをさっそく実行している。目は私たち作家にとっては命綱。

 作家でなくても目は大切ですからね。また例の本を見たり、遠近を交互に見たりと真似してみようと思う。それにしても、老化していくのは目だけではなく、なんでもかんでもだ。とくに脳については我ながらかなり焦っている。次回はそのことについて書く予定です。ただし覚えていたらですけど…。
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2006年01月16日

私が生まれる10年前

 突然ですが、「戦後生まれ」という言葉を聞くと昭和何年ごろまでの世代を思い浮かべますか? 単純に終戦より後という意味だったら、平成の今でもそうですけど、ここではどこか戦争の名残のある中で生まれた「戦後生まれ」を指します。私はそれをずっ〜と、昭和23,4年くらいまでのいわゆるベビーブーム、団塊の世代の人たちまでと思ってました。だから林真理子さんの「夜ふけのなわとび」【週刊文春 1月19日号】を読んで、ひっくり返ってしまった。

 このあいだ二十代の人に言われた。
「林さんのように、戦後生まれの人は……」
 えっ、と聞き間違えたかと思った。戦後世代だなんて、おばあさんみたいでイヤだわ。私が生まれたのなんて、ずっと後よ……。しかし考えてみると、昭和二十九年といったら、上に二の数字がつく。戦争の傷跡が残っていると思われても当然だし、事実そうだった。街でも白い着物でアコーディオンを弾いている傷痍軍人をよく見かけたものである。

 29年で戦後生まれ? ウッソー! …私は30年生まれ。一応「二」ではなく、「三」の数字がつくけれど、林さんとは1つしか違わない。子どもの頃、周りの大人たちが「戦争中は大変だった」とよく言っていたけれど、自分の生まれる前のことなど、10年前も50年前も同じ距離感で、みんな昔の話だった。終戦のとき、うちの両親は10代の子供だった。自分の親が10代だった頃の話というのは、子供にとってすごく昔の話なのだ。

 あとになって、戦争と自分の人生の距離が思ったより近いと気づいたけれど、それでも私たちは日本経済の高度成長時代の中で育っていたから、やはり戦争は無縁のものだった。時代を現代に置き換えてみれば理解してもらえるだろうか。たとえば阪神・淡路大震災は明日で11年経ちます。あれほど悲惨な出来事から、もう11年も経ってしまった。同時代に生きている私たちにとっては早い11年だった。ところが、昨年神戸で誕生した赤ちゃんは震災から10年後に生まれたことになり、その子たちにしてみれば、歴史に残るあれほどの大災害もやはり昔のこと。彼ら彼女らが中高年になったとき、「大震災のすぐ後に生まれたんですね」と言われたら、きっと今の私のようにひっくり返ってしまうだろう。つまりそんな感じなのだ。

 さて、林さんの文に戻ります。林さんと同じ齢のワインの話。
 「一九五四年」というラベルに、人々は驚きの声をあげる。
「半世紀前ですか。よくこんなものがありましたね」
「保管は大丈夫ですか」
「澱(おり)は溜まってないかなぁ。ちゃんと飲めるかなあ……」
 これらの言葉は、すべて私につき刺さってくるようで、ついうつむいてしまう。ソムリエがコルクを抜こうとするのだが、あまりの古さにうまくいかない。
「木が固まり過ぎてるのかも」
 そうね、古過ぎるもんね。

 生きていれば誰もが平等に古くなってしまいますよねえ。でもこのワイン、とっても素晴らしい味になっていたという。ほらね、(何が”ほらね”かわからないけど)古くてもいいんですよ。ところで、みなさんはご自分の生まれた10年前に日本や世界で何が起きたかご存知ですか? 一度調べてみたら新しい発見があるかもしれませんよ。
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2005年12月12日

今日も同じ服

 洋服をあまり持っていないくせに、なかなか整理ができない。たくさん持っている人は、どういう方法で管理しているのだろう。作家の林真理子さんはかなりの「衣装持ち」らしい。それでいて外出時に同じ服ばかり続けて着ることがよくあるそうだ。(「夜ふけのなわとび」【週刊文春 12月15日号】)

 私はよく多くの人たちから質問を受ける。
「ハヤシさんって、あれだけ大量の洋服を買ってて、どうしていつも同じもの着ているの」
 答えは簡単である。
@あまりのだらしなさに、クローゼットが全く機能していない。回転出来なくなったラックにぎっしりと洋服がかかり、そのハンガーの針金にまた三着ぐらい服がかかっている。題して「タコハンガー」。ニット類が層をなし、床も見えないぐらいだ。よって、手近なものばかり着ることになる。
A体重の増減が激し過ぎる。
 ついこのあいだ中国ハリで五キロ痩せたと思ったら、あっという間にリバウンドしてしまった。二ヵ月前にぴったりで購入したスーツが、今はボタンがかからず、クローゼットの奥で冬眠に入った。こういうものが数知れず……。
 ま、こういうわけで、いつも同じものを着ている。

 洋服の数こそ違え、共感できる人は多いと思う。昔から「タンスの肥やし」という言葉があるように、着ないのに場所だけとっている衣類があるものだ。中には忘れ去られているものもある。きちんと全体が把握できるようになっていないので、結局目に付く範囲の中から選ぶはめになる。そこで整理の達人に言わせると、収納場所を決めたら広げないで、1つ物が増えたら1つ減らす(処分する)のがコツらしい。まあ、理屈ではそれでうまく行きます、理屈ではね。処分が出来るかどうかにかかっています。

 次の体重増減の問題。減ることがあるのなら、そのときのために洋服を取って置くというのならまだわかる。それがただひたすら体重グラフが右肩上がりの場合は絶望的なわけで、…それでも「もしかしたら、いつかまた痩せるかも」という一縷の望みを持ってしまう。「いつか、いつか」は来ないんですよね。

 話はそれるけれど、聞き捨てならないのが「中国ハリで五キロ痩せたのにリバウンド」という部分。これは問題ではないかしらん。洋服だけでなく健康にも悪そう。それでも林さんのことだから、きっとまた何か痩せる方法に挑戦するだろう。次の話題が楽しみだ。出来たらリバウンドの無い方法でお願いしたい。 
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2005年10月14日

パソコンで削られた顎

 林真理子さんが「秋の訪れと共に、新しいダイエットに挑戦している」と、「夜ふけのなわとび」【週刊文春 10月20日号 P.64】に書いている。偶然”徹子の部屋”に出演している姿を見ることができた。徹子さんもまず、林さんの顔がすっきりしたという話から始めていた。9年前(だったかな)に出演したときの写真と比較すると、確かに頬が引き締まったようだ。

 林さんは、この春、女性誌のグラビア撮影をして、自分の二重顎がたいそう気に入らなかったらしい。こんなはずはないとゴネていたら、パソコンで顎を削ってくれたという。このことで反省をし、ここ3ヶ月ずっと”顔筋小顔マッサージ”なるものを続けている。

 ものすごい力を入れて顔を上につり上げ、次にリンパ腺に沿って流していく、というやり方だ。これをやると上がる、なんてもんじゃない。
 考案者の先生のところで、この顔筋マッサージをしてもらい、ついでにメイクをしてもらった後、書評インタビュー用の写真を撮った。その写真がまるで別人のようなのだ。頬も目もきりりと上がり、顎のラインもすっきりしている。

 その写真を見た人たちから整形手術でもしたのかと質問されたぐらいだと言う。またこれ以外にも、中国ハリのダイエットも始めたそうだ。すごい。このハリがとても痛く、しかも食事制限があって大変だという。「食事制限するのならハリは関係ないんじゃないの?」と外野からチャチャを入れたくなる。

 「もういいかげんに諦めたらどうだ」と、まわりの人たちは言うけれども、決して私はそんなことはしない。

 林さんのすごいところは、追い求めるもののために努力を惜しまないことだ。私の駄目なところは、努力する内容と、手に入れるものとを天秤にかけて、だったら手に入れなくても良いとあっさりと諦めてしまうことだ。
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2005年09月05日

一流どころの芸者さん

 林真理子さんのエッセイで描かれる世界は、わたしにとって感情移入しずらいことが多々ある。林さん自身というよりお付き合いのある方々の生活が、わたしの生活とあまりに違うのだ。高級ワインや音楽会、優雅な海外旅行(ツアーのようなものではない)などにまったく縁がないため、「へえ〜」と言うしかない。だが今週はちょっと興味を持った。

 「夜ふけのなわとび」【週刊文春 9月8日号 P.66】に、ある女性が登場している。林さんが知り合いに誘われて食事をしたときに同席していた大阪の女性社長だ。38歳の彼女は京都から東京まで芸妓さんを連れてきていたという。しかも、東京で一緒に食べたりするためだけに連れてきたのだとか。

 お金もさることながら、お茶屋さんに顔がきかなくては、こういうことは出来ないだろうから、彼女はふだん、京都の花街で遊んでいるに違いない。

 そういうことだ。38歳の女性がそれほどのお金をつぎこむ理由はなんだろう。「つぎこむ」という言い方は不適切かな。でも、そこに何を求めて行くのだろう。

 一流どころの芸者さんというのは、大変な教養の持ち主ばかりだ。

 何といおうか、政財界の人たちを相手にしている彼女たちは、どんな話題もオールマイティという感じ。

 と、林さんも書いているけれど、どんな話題にもオールマイティということは、常に勉強しているということになる。もちろんその前に芸事の厳しい修行があるわけで、大変な努力をしているはずだ。話をしていて楽しい場所としてお座敷があるのであるならば、通いたくなる気持ちもわからないでもない。

 許されるならお座敷ではなくもっと気楽な場所で林さん言うところの、「一流どころの芸者さん」と話をしてみたくなってきた。親しくなって一緒に食事をしながら世の中のこといろいろ聞けたら楽しそうだ。それって、かの女性社長さんのやっていることと同じことか。
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2005年06月30日

炭水化物大好き

 林真理子さんは今「炭水化物抜きダイエット」をしているそうだ。炭水化物といえば、米、小麦粉などの穀物類と麺類、里芋などのイモ類、小豆などの豆類、トウモロコシ、カボチャ…。炭水化物大好き人間の私がこれらを食べるなと言われたら一日で挫折する。というより考えただけでストレスが溜まる。

 ところが林さんの意志は固い。友人が、そばなら良かろうとせっかく高級そば屋さんに予約をとって招待してくれたときも、そばは食べられないと返事している。(「夜ふけのなわとび」【週刊文春 7月7日号 P.64】)そばくらい良いじゃん…などと思うのだが、そうではないという。

 こういう誤解は多い。そばは確かにローカロリーで健康食であるが、私のように炭水化物抜きダイエットの方法をとると、摂ってはいけないものになるのだ。

 仕方なくその友人は、そば以外のメニューをいろいろ頼んでおいてくれ、林さんは焼き魚や小鉢などを堪能したそうだ。繰り返すが「高級そば屋」で焼き魚だ。もったいない! 1回くらいおそばを食べたっていいじゃないか。どのみち私の口に入るものでもないのに、もったいないなあ、と何度も心の中でつぶやいてしまった。

 それにしても、そこまでしてダイエットに励む意志の強さはたいしたものだ。林さんはもっと痩せたいとか、もっと綺麗になりたいなどといった、「〜をしたい」「〜になりたい」という気持ちをしっかり行動に移すエネルギーを持っている。それにはただただ感嘆するばかりだ。
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2005年06月16日

英語をしゃべりたい

 林真理子さんの「夜ふけのなわとび」【週刊文春 6月23日号 P.60】に、今年1月に急逝した漫画家、中尊寺ゆつこさんのことが書かれている。中尊寺さんはアメリカで英語で講演したことがあるほど英語が堪能だったそうだ。その中尊寺さんの遺作『やっぱり英語をしゃべりたい!』という本が林さんのもとに送られてきた。

 帰国子女でもない中尊寺さんは、コツコツ文法から始め、努力で英語を自分のものにしたという。「努力で英語を自分のものにする」とは、実行することのなんと難しいことか。私の数え切れない挫折が頭をよぎる。

 中尊寺さんの若すぎる死は、林さんに自分に与えられた時間の貴重さを気づかせてくれたようだ。明言はしていないが、これからは朝の自由な時間に、英語をやってみようかと考えたらしい。

 私も何度も思った。英語がしゃべれたら今とは違った世界が広がるかもと。そんな希望を思い浮かべるだけで、ただ諦めていた長い年月。

 定年退職後といった年齢の方たちが英語を初歩から勉強している姿をテレビでみたことがある。中にはボランティアで、外国人観光客に英語で案内をするほど上達した人もいた。

 それに比べれば、まだ年齢的に余裕のある私。英語をしゃべりたい思いもまだある。外国語を習うことは、脳の活性化にとても有効だと聞いたこともある。コツコツやってみようか…。

 林さんには、是非とも英語を学んでいる様子を折りに触れ書いていただきたい。きっと励みになると思うので。
のり at 22:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 林真理子